恋し、挑みし、闘へ乙女
ボーイの案内でラウンジを過ぎ、絶景の中庭を右手に望みながら奥へ奥へと進んで行く。

「何か……メチャ凄くないですか?」

床には刺繍の施された豪華な赤い絨毯が敷かれ、壁面には著名な画家の絵が飾られていた。所々に置かれた色とりどりのフラワーアレンジが無機質な空間に活を与え、少しだけホッとする。

「お母様、お姉様のお見合いもこんな奥まった場所だったの?」

しだいに豪華になる内装に、乙女は驚き思わず一葉に囁き訊ねるが……一葉からの返事はない。

どうしたのだろう、と一葉の様子を密かに窺っていると、廊下の最奥にステンドグラスが施された観音開きのドアが現れた。

「――乙女さん、どうしましょう。ここ!」

叫び出そうとする声を抑えるかのように、一葉が自分の口元を両手で押さえた。
乙女の目がドアの上部の『貴賓室』のプレートに釘付けになる。

「こちらが紅の間でございます」

どうりで聞いたことのない名だと乙女は幾度も見たパンフレットを思い出す。
貴賓室は国家の重鎮が使用する部屋だ。ゆえに安全を期するためパンフレットには記載されていなかった。

一葉と乙女の動揺を、ボーイは我関せずというような顔でポーカーフェイスを保ちながらドアをノックをした。

「どうぞ」

その声に誘われボーイがドアを開ける。

眩しい! 乙女は思わず目を細めた。
ドア越しに見える天井まである大窓から日の光が燦々と降り注いでいたのだ。

その大窓を背に、逆光を浴びた二つのシルエットが目に映る。

「桜小路さんですね。どうぞこちらに」

どうやら男性側は、すでに見合い相手が桜小路家の娘と知っているようだった。

指示の元、乙女たちはゆっくり歩みを進める。そして、乙女たちが部屋に入り、ボーイがドアを閉めると、テーブルを前に座っていたひとつの影が静かに立ち上がった。

シルエットが徐々にハッキリとした姿になった途端、乙女と一葉が同時に叫んだ。

「梅大路綾鷹!」
「月華の君!」
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