恋し、挑みし、闘へ乙女
「そんなの横暴です! それに我が家に花嫁修業の義務はありません! 一応、伯爵家なのですから」

「あらっ?」と一葉が不思議そうな顔をする。

「貴女、知らなかったの?」

何を、と今度は乙女がクエスチョンマークを浮かべ一葉を見る。

「伯爵家でも公爵家との縁談は別物。女々がそうだったでしょう」

でしょうと言われても……と乙女は過去に遡る。

そう言えば……婚礼の日と長編の締切日が同日だった。産みの苦しみ? 本当、あの作品は大変だったとしみじみしながら、そうだった! 他人のことより我が身のこと。お姉様のことなど全く眼中になかった……ことに思い至る。

家にいなかったのかぁ。ああ、だから、おやつが煎餅ばかりだったんだ。どおりで、とクッキー消失の謎が解明できたことに乙女が嬉々としていると、「そういうことで、乙女さん、貴女を本日より我が家にお迎えします」と綾鷹が言う。

嘘でしょう! 乙女は最後の頼みと救いを求めるように月華の君に視線をやるが……彼はニコニコ顔で茶菓子の“ツキミ”を食し、茶を啜っていた。

そして、乙女の視線に気付くと、「実に似合いのカップルだ」と湯呑みを茶托に置いた。カチャーンとシルバーの茶托が小さな音を立てる。その音が、乙女にはチーンと試合終了の合図に聞こえた。
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