恋し、挑みし、闘へ乙女
「そこに行ってくれ」
「かしこまりました」
「えっ、ちょっと話の続きは?」
「腹ペコでは話にならないだろう? すぐに怒り出すからな」

クッと笑い綾鷹は「さてと」と乙女を見る。

「乙女は何が食べたい? 神田一番食堂は、他にもライスカレーやポークカツレツも評判だ」

ライスカレーにポークカツレツ……美味なる物が乙女の頭中に浮かんでは消える。

意識はすっかり食事に向くが、怒りのポーズは忘れない。「呼び捨てですか?」と頬を膨らませると綾鷹を見る。

「知らないのかい? 異国の地では皆、呼び捨てだよ」

乙女は異国文化という言葉に滅法弱い。そう言われてしまうと何も言えなくなる。

このお方、もしや、私を調査すると共に攻略術を研究したとか?

訝しげに綾鷹を盗み見ると、「ん?」と綾鷹が小首を傾げる。その表情がイケメンのくせに妙に可愛くて、乙女は何も言えなくなってしまった。

「で、好物は? 何が食べたい?」
「――オムレツライス」

それでも、食欲に勝る物はない。

「あの赤いトマトケチャップが好きです」

憮然と答えながらもしっかり主張する。だが、乙女の態度に反して、「なら、タップリかけてもらおう」と綾鷹は嬉しそうだ。

このお方、もしかしたら二重ではなく三重、四重人格かもしれないとその表情を見ながら乙女は思う。

そんなやり取りをしている間に、二人を乗せた車は大通りを進み、チンチン電車の脇を抜け、悠然と佇む玉蘭館という社交場の斜め前にある神田一番食堂に着いた。
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