恋し、挑みし、闘へ乙女
神田一番食堂は、噂通り、時代を先取りしたようなハイカラな二階建ての木造建築だった。

外観だけではなく店内も同様に異国文化を存分に取り入れた造りになっていた。

「天井が高いですね! シャンデリアが煌めいています。うわっ、あの三方を飾る窓ガラスはステンドグラスというものですよね!」

どれを取っても異国の文化を感じさせる店内に、乙女の目が輝く。

さらに、そこに集う客たちも同様だった。一様に流行の洋服や着物に身を包み、楽しそうに会話をしたり笑いあったりしていた。

「あっ、この曲聴いたことがあります」

バックミュージックは蓄音機から流れる異国の陽気な音楽。
それに合わせて「いらっしゃいましぃ」と女給が元気良く出迎えた。

「神田一番食堂は、著名な作家たちもよく来るそうだよ」

女給の案内で窓際のテーブルまで来ると、綾鷹が乙女の椅子をさり気なく引きながら言う。

クーッ、エスコートも完璧だ!
乙女はちょっと悔しくなる。

「私みたいなヤクザな作家じゃなく著名な! ですね」

女給に聞かれないよう乙女が囁くと耳元で綾鷹が小声で言う。

「そんなに自分を卑下しなくても……こう見えて私は読書家でね」

彼の息が耳にかかり、乙女の耳たぶがたちまち赤く染まる。それに気付いた綾鷹はニヤリと笑い言葉を続ける。

「君の作品を何冊か読んだが、なかなか筋はいいと思うよ」

さらに赤くなる乙女に気を良くしながら、綾鷹も向かいの席に着席する。
女給がメニューを渡しながら、「オーダーは後ほど伺いに参ります」とその場を辞する。

「どういうところがいいと?」

女給がいなくなると乙女は早々に訊ねる。

「流れるような文体がよかった。でも……」

言葉を切った綾鷹に、乙女は「でも……何ですか?」と先を促す。
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