恋し、挑みし、闘へ乙女
「ウヘッ、また始まった」とミミは小さく呟き、呆れ顔を見られないように下を向く。この屋敷に住むようになって、ミミが困っていることと言ったらこれだけだ。

綾鷹の乙女へのアプローチが半端ないのだ。
だが、慣れとは恐ろしいものだとミミは二人の成り行きを見守る。

「綾鷹様、ありがとうございます。貴方だって今日もとても素敵ですわ」

砂糖を吐きそうな甘い台詞に眉をひそめるばかりだった乙女も、今では慣れっ子になったのか、サラリと反逆できるようになっていた。

「なら、私たちは似合いのカップルだね。嬉しいよ」

だが、やはり綾鷹の方が一枚も二枚も上手だ。
最終的に顔を真っ赤に染めるのは、いつも乙女の方だった。

グッと言葉に詰まる乙女の髪をサラリと撫で、「朝食の準備が整っている。悪いが今日は先に頂いた。行ってくるよ」と乙女を軽く抱き締め、額にキスを落とす。

本当、慣れとは怖いものだ、とミミは目を逸らす。
こんな過剰に思えるスキンシップを、乙女が素直に受け入れる日が来るとはミミも思っていなかった。

これは綾鷹の作戦勝ちだとミミは思っていた。
『異国の地では頬や額に口づけするのは挨拶も同じだ』と綾鷹が言うのを聞いたからだ。

本当にお嬢様は“異国の地”という言葉に弱いんだから……。

「あら、もうお出掛けでしたの。行ってらっしゃいませ」

ニッコリ微笑んだ乙女が綾鷹を見送る。

二人の姿を遠目に見ながら、お嬢様は綾鷹様に懐柔……洗脳されつつある、とミミがしみじみ思っていると……。

「はーっ、行った行った!」と乙女が大きく伸びをする。

「全く毎度毎度よく飽きもせず、私をおちょくってくれるわね!」

やっぱり乙女様は乙女様だわ……フンと鼻息荒く吐き捨てる乙女を見ながら、ミミは綾鷹に同情する。

全くと言っていいほど綾鷹様のご厚意が届いていない。
お可哀想な綾鷹様、とミミは哀悼の意を込め合掌する。
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