恋し、挑みし、闘へ乙女
――悪魔の囁き? 逃げなければ囚われる! そう思いながらも、全身に毒が回ったように乙女の体から力が抜ける。

「名残惜しいけど、着いたみたいだ」

唇を離した綾鷹が親指でソッと唇を拭う。その指にピンクの口紅がつく。

「君の頬も桜色に染まっちゃったね。冷まさないと……魅力的すぎる」

憎らしいほど平常心の綾鷹がからかうように言う。
「この野蛮人!」と乙女が叫んだところでドアが開く。

「いらっしゃいませ」

ドアマンだ。その声に続き「いってらっしゃいませ」と國光が言葉を掛ける。

そう言えば……と乙女は國光の存在を思い出す。
あれやこれや……聞かれていた、見られていた。オーマイガッ!

先に外に出た綾鷹は車を覗き込み、さらに赤くなった乙女にヤレヤレと肩を竦め、「行くよ」と手を引く。

「ほら、後続車が待っているから、早く降りて」

綾鷹の言う通りだった。パーティーの参加者の車が数珠繋ぎで列を作っていた。貧乏伯爵家と言えども一応レディ。乙女とてこういう時のマナーはシッカリ心得ている。

綾鷹の手を取り優雅に車から降り、スッと背筋を伸ばすと彼の腕に手を回す。

「ようやく、いつもの君に戻ったね」
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