俺様社長に甘く奪われました
とはいえ、男性のひとり暮らしのお手本のように冷蔵庫には飲み物がメイン。手軽にチャーハンにできる冷凍ご飯もない。三日間の海外出張のせいもあるだろうが、食材になるようなものは見当たらなかった。
莉々子が途方に暮れていると、望月がパントリーらしきところから「使えそうなものはこのくらいか」と言って、缶詰や乾物、それから乾麺を取り出す。その中にパスタの麺を発見し、「それ、使ってもいいですか?」と指差した。ペペロンチーノなら具材はほとんど必要ない。
望月は麺を茹でるための大きめの鍋を引っ張り出し、「楽しみにしてるぞ」と莉々子にプレッシャーをかけてキッチンから出た。
作ると言ってしまった以上やるしかない。莉々子が水をたっぷり張った鍋をIHで温めつつパスタの封を切っていると、ふと耳にピアノの音色が届く。
顔を上げると、望月がグランドピアノの椅子に悠然と腰を下ろし弾いていた。莉々子がラウンジで聴いたのと同じ曲だ。ショパンの別れの曲。美しい旋律がリッチな空間にマッチして、耳にとても心地良い。
ピアノを弾く姿の華麗さに莉々子はうっかり見入る。右斜め後ろからの角度から見える少し俯いた横顔がセクシーで胸を高鳴らせてしまった。きっとピアノを弾いていることの相乗効果もあるのだろう。イケメンでピアノも弾けるとは罪深い。
桜の木の下でキスされたことを思い出して、莉々子の鼓動はさらに加速した。
そんな彼女を現実に引き戻したのは、グツグツと煮えたぎった鍋の中の水泡だった。それが弾け頬に飛んだのだ。