俺様社長に甘く奪われました
そこで初めて莉々子を見た奏多の目があまりにも冷ややかなもので、笑い飛ばそうとした彼女を封じ込めた。鼓動が速く打ち始め、制御ができない。
「冗談じゃない。本気だ」
「……どうしてですか? なんで急にそんなことを……?」
「莉々子が面倒になった」
いっさい躊躇うことなく奏多の口から出た言葉が、莉々子の胸を深く刺してえぐる。
放心状態の彼女を置き去りに、奏多は運転席から降り立ち、いつの間に用意したのか彼のマンションに持ち込んであった莉々子の荷物を詰めた大きなバッグを後部座席から降ろした。
「部屋の前まで送るよ」
助手席のドアを開けた奏多が莉々子に降りるよう促す。
「奏多さん……?」
「降りて」
いつしか降りだした霧雨が奏多の髪を静かに濡らしていく。戸惑いに揺れる自分の瞳を止めることはできなかった。
奏多は玄関の前で運んでくれた大きなバッグを莉々子に手渡し、「それじゃ」と目を合わせもせず背を向ける。
なにがどうしてこうなったのか理解ができない。今、目の前に起きていることが莉々子には現実味がなかった。
「……奏多さん! 待って!」
咄嗟に呼び止めてみたが、奏多は振り返ることなく莉々子の前から去っていった。
悪い夢を見ているだけ。朝がくればすべて元通り。
そんな願いは、朝の光が差し込むと同時に儚く消えた。