俺様社長に甘く奪われました

「うん、平気」


 強がって答えながらも、さきほどから額には嫌な汗が滲んでいる。今日は総務部へ帰ってパソコンをシャットダウンすれば終わり。

(あとちょっとだ。頑張らなきゃ……)

 そう思いつつ松永のあとをついていく。エントランスロビーでエレベーターを待っていると、そこから奏多が降りてきたものだから莉々子の心臓が止まりそうになる。
 あの夜以来だった。

 奏多は莉々子を見て、なんともいえないような切ない表情を浮かべた。


「莉々子」


 不意に名前を呼ばれて視線をずらせば、そこには祥真の姿があった。どうしてこんなところにと思ったが、彼の会社は物流センターの発注者。落成式の成功と今後の管理運営の打ち合わせにでもきたのだろう。

 莉々子から即座に目を逸らし、まるで見えていないかのように奏多が横を通り過ぎる。

 奏多と付き合っていたことが、急に現実味を失っていく。
 自分とは完全に関係がなくなったのだと態度で示され、全身から血の気が引くのを感じる。その場に立っていられなくなり、莉々子は堪えきれずにうずくまった。


「莉々子さん!?」


 松永の声のあとに「莉々子、大丈夫か?」と祥真の声がすぐそばで聞こえる。それになんとかうなずいたものの、遠ざかりそうになる意識を止めることができない。


「おい! 望月社長! なにしてんだよ!」


 叫ぶ祥真の向こうに小さくなっていく奏多の背中を見ながら、そこでふっと視界が閉ざされた。

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