俺様社長に甘く奪われました
思い出の場所で最高の夜を

 ある場所が近づくにつれ、莉々子の足取りはどんどん重くなっていく。
 ル・シェルブルにある高級日本料理の店で行われることになっている重要人物との食事会は、足ばかりか心までもずっしりと重みを感じさせる。緊張の度合は、一歩進むごとに高まっていく気がした。


「奏多さん、大丈夫でしょうか、私……」


 不安な気持ちが莉々子の唇まで震わせる。


「なにを怖気づく必要がある。大丈夫だ」


 奏多はあっさりとそう言うが、なんせあの東条、つまり奏多の父親とこれから会うのだ。莉々子が怖気づくのも無理はないだろう。百合から提案されていた食事会が、ついに実現されることになったのだ。

 志乃とのことが解決して一ヶ月。季節は秋の入口に向かっている。

 会社は志乃のことを忘れてしまったかのように、すっかり平穏を取り戻した。総務部も表面上はそうであっても、たまに「志乃さん、この備品って、どこに発注でしたっけ?」なんて声が上がることもあり、その度に彼女がもういないことを実感することがある。


「私の格好、大丈夫ですか? 洋服に負けていませんか?」
「似合ってるから心配するな」

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