俺様社長に甘く奪われました
「百合さんはどうですか?」
「母さんはどうだろうな。ここまでくると意地を張っているだけのように思えなくもない」
「それなら、奏多さんからそれとなく話してみればいいんじゃないでしょうか」
今さら結婚なんてと思っているだけであって、奏多から言われれば気持ちが変わる可能性がある。
ところが奏多は、どこかそんな話には興味がないように莉々子の手を握った。
「今夜はふたりのことじゃなく、俺たちの話をしよう」
「……はい?」
奏多はバーテンダーに「ちょっと借りるよ」と窓辺のほうを指差したかと思ったら、不意に立ち上がり莉々子の手を引く。どこへ行くのかと思えば、グランドピアノの椅子に腰を下ろした。
「莉々子もそばにいて」
そう言って、莉々子も隣に座らせる。
奏多はゆっくりと息を吸い、吐き出すと同時に鍵盤の上に指を躍らせた。どこかで聞いたことのある優しい曲調が、莉々子の耳にスーッと入ってくる。奏多の演奏に聴き入っているのは、彼女だけではなく店内の客も同様。奏多の指先が舞う姿は美しく、ピアノを弾く彼に見惚れてしまった。