ネコと教師
6 錆びた鞘

2月14日


元の鞘に収まるっつうことばがある。

これは一般に離縁したふたりが再びもとの関係に戻ることをさすが、まあ、もとに戻るって意味では同じことだ。

おれは、あの白石を泊めた晩で、とうとうお役ご免となったらしかった。

あれ以来、白石はおれにつきまとうようなまねも、自分の変な噂を流すようなこともしなくなった。

いまのところ、おれの耳に入ってきている白石関係の噂は、うちのクラスの布袋一昭《ほていかずあき》って奴が、あいつに惚れ込んでいるっていうものだけだった。

実際本人がどう思っているのかは知らない。

それにしても、夏休みだった八月を抜いてちょうど三ヶ月……。

ふた月み月と聞いちゃあいたが、律儀なもんだな実際。

で、その後あいつはどうなったか、というと、どうもなんもしていない。

いままでの白石淳子のまんま、けど奇行だけしなくなった。

教師につきまとわなくなった。それだけだ。

ああ、でも授業は相変わらず気まぐれにサボる、問題児であることには変わりがない。

そういえば今日もいなかったな。

受験生だってのに、あの馬鹿たれは……。

(でもまあ、いいさ)

おれはあの三ヶ月で、わりとそういうふうに思えるようになっていた。

おれが収めるはずの鞘は、白石っつう塩水に三ヶ月も浸っていたおかげですっかり錆び付いてしまい、使い物にならなくなってしまっていた。

おれの気取った、長年培った仮面がごそっと剥げ落とされたのだ。

そりゃあ嘆きたいほどだった。

しかし、おれはいまの自分がそんなに嫌いじゃない。

むしろ、以前の自分より気に入っているくらいであった。

なんせそれはつまり、おれの理想の「平教師」に一歩近付いてしまったということだからな。

こんなことをいうのは非情にしゃくで本人には絶対言ってやるつもりはないが、おれは白石のおかげで変に肩肘張るのをやめることができるようになったというわけだ。

おかげで青田先生には距離をおかれるようになってしまったが……。

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