夏木立

遠足気分

         第2話 遠足気分

 夏らしく朝から太陽は皮膚を刺激する、蝉がビルの壁に取り付いて騒がしい。

 田舎の蝉と違って、都会の蝉はビルにも卵を産むのかと思ってしまった。 が、考えてみれば条件さえそろえば可能なのではないかと、予備校までの道すがら考えてしまった。

 孤児院は、ずいぶん田舎であったのでビルの壁で鳴いている蝉など見たこともなかった。

 蝉の鳴き声は同じなのに、都会の蝉の声は騒がしい。おそらくビルの壁や道路に反射して騒がしく聞こえるのであろうと推測しているうちに予備校に到着した。



 予備校に関しては、辞めようと思っている。孤児院でも自力で偏差値を上げてきた、高校の授業と予習、復習だけで十分だ。

 辞めようかと思う理由の一つに授業料が負担になっていることなのだ。費用対効果からみると、悪いとしかいえなかった。授業料をバイトで稼ぐ時間を考えれば、対比時間効率が悪すぎると結論できた。授業料を稼ぐ時間を高校の復習にあてることにしたからだ。



 受験の時の腹痛が無ければ、今は違ったわけで、俺にとってこの一年は、どんな意味があるのだろうか? 意味が無ければ、単なる間抜けなダブリじゃないか。



 バイトを終えてアパートに帰ってきたら、空にした郵便受けに封書が差し込まれていた。



 これは……同じ文字だ……



 俺は急いで部屋に入った。



 残しておいた封書を取り出し、テーブルに並べてみた。

 封筒も文字も同じであった、差出人は2通目にも無かった。



 これは? どういう事なのだ?



 封を切って、手紙を読み始めた。

 前回と同じく、綺麗な文字で女性だと思われる文面だった。

 1通目は、簡素に書かれていたが、2通目は少し趣が違っていた。




 亮さん、最初の手紙は読んでもらえたようですね。

 わたくしは、亮さんに会いたく手紙を書きました。

 先に同封しました、バスのチケットはパスになっています。

 亮さんが望めばバスには乗れるはずです。

 会えることを心より願っております。




 1通目の手紙を読んだことを相手は知っていて、会いたいのでバスに乗ってくださいというような内容だった。

 しかし……あのバスチケットには行き先が無かった。



 ミステリーツアーの案内みたいだな……

 1通目は、何時届いたのかもわからなかった。読んだのは夕べなのに、この手紙には読んだことを知っているようだし……

 会いたいかと言われても……な……誘拐の新しい方法? ……俺では何も得るものは無いから無駄になるわな。



 俺は、バスのチケットを見直した。

 行き先は不明、期日は書いていない、それどころか出発地も書いてなかった。ただ出発時間だけが記載されていた。



 25時って……午前1時のことだろうな普通25時なんて書くものなのか……

 ミステリーツアーだとしても集合場所が判らなければ、どうすることもできないよな。



 チケットを両手で広げ、蛍光灯に透かすように見ながら横になった。

 1通目の手紙を読んだ次の日に2通目が届いて、読んだことを知っている内容だったこと。

 誰だか判らないが、俺を知っていて会いたがっている。

 謎なバスチケットだが会ってみれば総ては解決できるのだろうか?

 そんなことを考えていたら眠ってしまった。




 ~~~もやもやしていた、アパートの階段を降りたら、ボンネットバスが止まっていた。なぜ? ここにバスがあるのだという疑問を思ったら、俺はバスの最後尾のシートに座っていた。

 もやもやとしたところをバスは揺れることも無く進んでいった。とても不安になった、俺は後部ウインドーを叩きながら叫んだつもりだったが、声が出なかった~~~



 両腕をバタバタさせながら目が覚めた、少しのまどろみで夢をみたようだった。



 目が覚めたら異常な喉の渇きをおぼえ、飲み残しのコーラーを飲みきり、ゴミ箱に投げた。

 変な夢なのにリアル感が大きかった。

 バスの中の独特な匂い、燃料と木の床張りだったのか床油ゆかあぶらの匂いが混じった匂いがしていた。

 シートもそうだった、座った瞬間のクッションの反発がお尻から背中に感じた、その時の感触が今も残っているように感じられた。



「このリアル感はなんだ? 夢なのか? バスのことばかり考えていたら、変な夢を見てしまったのか?」自分に言い聞かせるような独り言が出てしまった。



 俺は、今の夢で閃きの様なものが働いた。

 バス停はアパートの前ではないかと思ったが、確信などあるはずもない。

 時間は25時、午前1時にアパートの前にバスが来るのかもしれない。



 夜中の1時にアパートの前にバスが来る。

 ありえない事なのに、意味もなくワクワクしてきて、楽しくなってきているのが分かった。

 買い置きのスポーツドリンクを3本、非常食になる可能性のあるチョコレート、タオルも用意しよう。

 俺は、旅行に思えた。



 そうだよ、夢でも良いじゃないか、こんなに心が躍ることは久しぶりだ。夢を信じるのも楽しいじゃないか。



 小学校の遠足以来の興奮するようなことであった。



 ツアーは、泊まりになるのだろうか? 泊まりなら着替えも必要だな。そういえば遠足の時には、遠足のしおりを作ったよな。



 俺はゴミ箱に捨てたチラシの皺しわを伸ばしながら、数枚を重ねてクリップで留めた。



 表紙に夢で見たボンネットバスのイラストを書いた。

 タイトルは、ミステリー遠足の栞。

 行き先不明。持ち物適当。参加者、俺一人。その様な内容を書いていた。



「出来たね、こんなに童心に返ったのは久しぶりかもしれない」栞の表紙の絵を見ながら独り言が出たが、絵の才能は無いようだとバスの絵を見て思った。



 ドリンクと非常食のチョコレートと栞、バスチケットをショルダーバックに入れた。

 準備は完了した。



 気分転換はこれぐらいで良いだろうとテーブルで勉強を始めた。

 小学校のころから、勉強で苦労したことはなかった。授業でほとんど理解できていた、授業中で理解できないところは復習で完全に理解できていた。天才とかではなく、ただ聞いたことや調べた事が本棚にきちっと収まっており、必要な時に取り出せるように整理されているだけだ。

 記憶力が良いのだと言われるが、他の人とそれほどの違いは無いと思う。

 記憶は関連付けた項目とリンクしていて、何時でも引き出せるだけで、おそらく整理能力が高いのだと思う。

 掃除は得意ではなかった。



 目覚ましが鳴った。0時45分



 さて、準備しようか



 バックを肩にかけて部屋を出て、階段の下まで来た。

 時計を見ると午前1時になった。

 なにやら周囲が、もやもやと靄が立ち込めたように思え。そこへボンネットバスが音も無く滑り込んできた、俺は乗り込んで最後尾のシートに座った。
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