夏木立

烏瓜の花

         第6話 烏瓜の花

 俺はお守り袋に入っていた、物の正体を知った。

 烏瓜の種だった、どんな植物なのかはわからなかったが、確かに、打ち出の小槌に似ていると言われればそう見える。



「ごちそうさま」

「鈴、スイカを井戸から出してくるから、切ってくれるか」大ちゃんは最後の岩魚を食べ終えて話した。



「はい、亮さん、縁側で待っていください」鈴ちゃんは、大ちゃんからスイカを受け取り話した。「よく冷えているよ」



 俺は縁側に座って、遠くまで続いている山並みと迫る川向こうの山を眺めていた。

 川からの水の流れる音が、虫たちの声がノイズのように耳の中に流れ込んではいたが、垣根の先にとまる夏アカネ達の戯れを見ていたらノイズはいつの間にか消えていた。

 シンプルという表現が相応しいと思える夏の日差しと、はっきりとした影のコントラストに、時間が止まっているように思えた。

 初めて見る景色に、懐かしいという思いでもないのに、何故か心が安らぐのを感じていた。

 俺は心安らぐ思いというのは正直今までに経験が無かった、おそらく今、感じている気持ちが心が望んでいたことなのだと思えた。

 その風景の中に大ちゃんと鈴ちゃんが居る。



「あきら、待たせたな、この縁側は風が良く抜けて涼しいだろう」大ちゃんは切ったスイカを運んできた。



「お塩つかってね」鈴ちゃんも大ちゃんの隣に座って、スイカを食べ始めた。



「よく冷えている! スイカってこんなに美味しい物だったかな」と俺が言うと。



「あきら、おまえ普段何食べてるんだ?」と大ちゃんが俺の顔を見て話した。



「いや、スイカってほとんど出なかったから、それにこんなに大きなものは初めてかもしれない」



「そうなのか……あきら、もっと欲しいとか思わなかったのか?」大ちゃんは庭に種を飛ばしながら話した。



「そんなに欲しいとか思ったことはなかったかな」俺も種を庭に飛ばした。

「よし、勝った」俺は笑い顔で大ちゃんに言った。



「あきら、勝負の宣言無しで勝ったは卑怯だぞ」大ちゃんは、力一杯に種を飛ばした。

「よし、抜いた」顔が笑っていた。



「大ちゃん、烏瓜ってどんな植物なんだ?」



「ほれ、そこの垣根に白いのが見えるだろ、あれだ」と言いながら、大ちゃんは垣根に向かってスイカの種を飛ばした。



 その花は、白い糸が絡まったように見えるだけだった。



「あの花は、夕方から開くんだぞ」大ちゃんは少し寂し気に話しだした。

「朝には萎んでしまうから、見る機会も少ないかもしれんな」

「それにな、烏瓜はオスとメスの株があるのだ。晩秋の頃に赤い実ができて、その中には望みをかなえてくれる、種が沢山入っているんだ。まるで赤い実は子供の様じゃないか、あきら。そう思わないか」



 俺は大ちゃんが話しているのを聞きながら、お守り袋に種を入れてくれた両親の事を思っていた。望みを叶える事が出来るように入れてくれたのだろうかと垣根で萎れた白い塊を見ていた。



「亮さん、お願いがあるんだけど、聞いてくれる」鈴ちゃんは俺の顔をみて話した。



「なんですか?」



「亮さんの耳かきがしたいのだけど、お願いだからやらせてくれない」鈴ちゃんの目は真剣だった。



 俺は、え! っと思ったがその目を見た時、冗談で言っているのではないと思った。



「なんか、恥ずかしいけど、いいですよ」



 鈴ちゃんの膝に頭を乗せて庭をみていた、耳の中でゴソゴソ音が聞こえている、小さな子供が母親に耳掃除をしてもらっている感じだった。

 何だか経験もなかったけど、懐かしい思いが胸を締め付ける様だった。



「反対側も」鈴ちゃんはそう言って俺の頭の向きを変えた、引かれるままに体を回した。



 上を向いたときに少しだけだが鈴ちゃんの顔が見えた、何だか嬉しそうにしていた。

 鈴ちゃんに向いたら俺は目を閉じていた、耳の中でゴソゴソと音がしていた、何だか懐かしいのだけど記憶にない薫りがしていた。

 頬に何かが落ちた気がした、それは俺の頬を伝わって唇に届いた、それは少し塩分を含んだ物だとすぐに分かった。

 俺は気が付かないふりをして黙って目を閉じていた。



「ごめんね、ごめんね」と言いながら鈴ちゃんは俺の頭を両手で抱きしめていた。



 そのあとは、ぼろぼろと鈴ちゃんの涙が俺の頬に落ちてきた。




 俺は初めて自分が、本当に望んでいたのは何であったのか、何を望んでここにいるのか、今、気がついた。

 差出人が誰なんだじゃなかった。



 でも、それを口に出すのが怖かった。

 口に出した瞬間にこの幸せを逃がしてしまうのではと思っていた。

 初めて本当のまどろみを今ここで俺は知ってしまった。

 本当の家はここにあったのだと、俺は口に出してお父さん、お母さんと呼びたかったのだ。

 でも本当に怖かった、幸せがこんなに近いのに、その一言が怖かった。

 今までにこれほど執着しゅうちゃくしたことはなかった、本当に無くしたくなかった。



「あきら、気がついているかもしれんが、思うことは、今は言うな」大ちゃんは静かに話し始めた。



「鈴と僕は、一晩で萎んでしまう、烏瓜の花みたいなものだ」

「でも鈴は一晩でも、たとえ僅かな時間でも、あきらに会いたがった、僕も同じ気持ちだった」



 鈴ちゃんは、俺の頭を膝に乗せたまま、強く抱きしめていた、鈴ちゃんの体が小刻みに震えるのを感じていた。



「亮くん……一人にしてしまって……ごめんね……今夜は一番楽しい日だったよ」鈴ちゃんは、途切れ途切れに話した。



「あきら、おまえに渡しておきたい物がある、今は渡せないが、あきら、取りに来てくれ」

「鈴と僕は、いつもお前の傍で笑っているから、心配するな」
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