軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
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シーラ達を乗せた小型の馬車は、狩猟公園の管理道から山側へと抜けていった。帝都とは逆側になるが、河川から船を出し湾岸まで行き、そこからフェイリン王国まで航路を行くのだという。
小さな馬車に揺られながら、シーラはずっと不安げな顔をしていた。
危篤状態のクラーラのことも心配だし、書置きを残したとはいえやはりアドルフのことも気になる。
結婚式を終えるまでシーラが国外に出られないのは、政治的な理由だとマシューズは言っていた。火急の件とはいえ自分がフェイリン王国へ行ったことで、ワールベーク帝国に何か問題が起こらないかと不安になってくる。
「あの……、さっき仰っていた私が国外に出られない理由って……」
膝に載せたレースのショールを握りしめながら、シーラはおずおずと尋ねた。
向かいの席に座るマシューズは大げさなほど目を見開き、それから悲しげな表情を浮かべると「やはりあの男はシーラ様に何も教えていないのですね」と嘆いてみせた。
あの男とはアドルフのことだろう。やはりマシューズはアドルフのことを快くは思っていないようだ。
「本当に卑劣な男です……! 教会からシーラ様をさらい、あなたが何も知らないのを良いことに真実を告げないまま利用しようとしている。私はフェイリン国民として、あなたの親類として、憤りを覚えずにはいられません!」
皺のある顔を怒りに歪ませるマシューズの言葉を聞いて、シーラは以前の謁見のときのことを思い出した。あのときも彼はアドルフに向かって、己の権力拡大のためにシーラを利用しているような罵りを口にしていた気がする。
シーラがアドルフに嫁ぐのはワールベークとフェイリン、両国の友好のためだと聞いていたが違うのだろうか。他にもアドルフには何か目的があるのか気になってくる。
戸惑っている様子のシーラを見てマシューズはハッと我に返ると、「お許しください、つい興奮してしまいまして」と姿勢を正してから口を開き直した。
「これからお話することは、シーラ様にとって決して耳障りのよいものではございません。しかし、どうか知ってください。それがあなた様の責務でございます」
そう前置きされて、シーラは唇を噛みしめ背筋を伸ばす。メア宮殿では誰も教えてくれなかった真実だ、いざ聞くのはやはり少し怖い気がする。
けれど、それはきっと目を背けてはいけないことなのだと自分に言い聞かせ、シーラはマシューズの瞳を正面から見返すと静かに頷いた。