軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
「アドルフ陛下がシーラ様を是が非でも我が物にしたい理由、それは――現在あなた様がフェイリン王国の王位をお持ちになっているからです」
「どういうこと……? だって今のフェイリン王国には……」
そういえば以前にもマシューズはシーラに向かって国王陛下と呼びかけたことがあった。しかしボドワンに聞いた話では、シーラの兄であるカーティスが十八年前に王位につき国を治めているはずだ。兄がまだ二十八歳であることを考えれば、退位する年齢でもないだろう。
まさか――という考えが一瞬頭によぎって、シーラはハッと表情を変える。
マシューズは瞳を伏せ胸の前で十字を切ると、手を組みまるで懺悔するように苦しそうに言った。
「殉難されたのです……。カーティス国王陛下はワールベーク帝国との大戦で、敵の手に掛かり……」
衝撃的な真実に、シーラは唖然とした。
フェイリン王国が負けたことは知っていたが、実の兄がワールベーク帝国の手によって亡き者にされていたことに、さすがのシーラもショックを受ける。今までワールベークを憎んだことなど一度もなかったが、複雑な感情がわずかに心に芽生えた。
そして、クラーラはそのショックで心を病み床に臥せってしまったのだという。
無理もないことだろう、国の要となる国王と愛息子を一度に亡くし、大戦に負け国家滅亡の危機に追い込まれたのだ。王太妃といえど女がひとりで抱えるには、この現実は残酷で重責過ぎる。
「カーティス様は妃を娶っておりましたが子が出来ずに離縁されておりました。ですので、アッシュフィールド王家の血を引く正統な後継者は、現在シーラ様のみとなります。あなたこそ、正真正銘フェイリン王国王位継承者なのでございます」
マシューズがあのときシーラを国王と呼んだ理由がやっとわかった。しかし、同時に新たな疑問が湧いてくる。
「だったら……私はフェイリン王国にいなくてはいけないのでは……?」
いきなり国王など務まる気はしないが、形だけでも自分はフェイリン王国の玉座についていなくてはいけないのではないだろうか。国王としての義務も果たさないまま、他国の妃になっていていいのか、不思議に思う。
すると、マシューズはまたも大きく首を縦に振って見せた。彼はどうも動作が大げさらしい。
「その通りでございます! フェイリン王国の王位を持つシーラ様がワールベーク帝国におられることがおかしいことぐらい、子供にだって分かる話なのです! それなのに……帝国は、アドルフ陛下は、あなたを娶ることでフェイリン王国の王位を奪おうとしているのです!」