軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
「私の意思……?」
シーラが不思議そうに瞬きを繰り返すと、マシューズは忌々しさを露わにした口調で答える。
「何も知らないシーラ様を宮殿に閉じ込め、何も教えないまま結婚に同意するようあなたのお心を惑わせる――それがアドルフ陛下の手口です。お心当たりはございませんか?」
その言葉を聞いて、シーラの背にゾッと怖気が走った。
心当たりならある。あり過ぎる。
何せ自分はアドルフに恋をしてしまったのだから。今は彼のために良き皇妃になりたいと努力し、結婚式を指折り数えるほどだ。
けれど信じたくはない。アドルフと過ごした日々が、ときには喧嘩もし仲直りをして縮めていった距離が、お互いに恋をしているこの幸福が――すべて、偽りの上に成り立っていただなんて。
「……違うわ。アドルフ様は純粋に私に優しくしてくださって……」
呆然としたまま反論すれば、マシューズは首を横に振って嘆くように言った。
「私が以前謁見に参ったときも、あの男はやたらと自分がシーラ様の夫であることを強調されていましたな。そうやって妻想いの夫を演じ、無垢なあなた様のお心を結婚へと向けさせていたのです」
そんなことはないと強く言い返したいが、シーラの脳裏にあの謁見の日のことが甦った。
『…………俺は酷い男か……?』
そう呟き自嘲気味に口角をゆがめたアドルフの姿を思い出し、シーラは固まる。
もはや考えるまでもない。アドルフ自身が言っていたではないか。シーラをさらい、閉じ込め、無理やり皇妃にしたてあげようとしていると。
あのときは彼の吐露した意味が分からなかったけれど、マシューズの話を聞いて合点がいってしまった。
アドルフはシーラを愛して妻にするのではない。両国の友好のために結婚するのでもない。ただ、敗戦国のすべてを奪うためにシーラを無理やり手の内に閉じ込め、言いなりになる愚かな妻に仕立て上げようとしていただけなのだ。
「……嘘よ……」
真実を突きつけられてもなお信じることができず、シーラは震える唇を両手で押さえて俯いてしまう。
それを見ていたボドワンが席を立ち、心配そうにシーラの肩を抱いた。