軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
 
アドルフはまた顔をしかめてしまった。

シーラはこの男と出会って八日になるが、彼が笑ったのをまだ一度も見ていない。

フェイリン王国の僻地の教会からワールベーク帝国の帝都に着くまで、馬で、馬車で、船で、彼はずっとそばにいたが常に不愉快そうな表情を浮かべていた。

特に、シーラが何か言ったり、初めての事柄に戸惑うたびに眉を顰めるものだから、最後の方は彼の側にいることが苦痛に感じるほどだった。

このつがい相手が二十九歳で、ワールベーク帝国という国の皇帝だということは、船に乗っている間に習った。彼の祖父から始まったヴァイラント王朝の三代目だということも。

そして非常に優秀な軍人でもあり、戦争の際には自ら最高司令官として戦場に赴くのだということも、彼の側近であるヨハンに分かりやすく説明してもらった。

シーラは戦争というものを本でしか知らない。それも史書ではなく子供向けの小説でだ。

大砲や銃などが火を噴き人が命を落とすとても恐ろしい場所に、自ら進んでいく人などいるのかと、とても驚いたのである。

そう聞いてしまうと、アドルフのことがなんだか恐ろしく見えてきた。

シーラにくらべ、頭ひとつ分よりもっと大きな身の丈。いつも怒っているようなつり上がった眉。くっきりとした二重や琥珀色の瞳は綺麗だけど、目つきは鋭くて苦手だ。口だっていつも不機嫌そうに引き結んでいるし、手も大きくて掴まれたら逃げられなくなってしまう。少し長めの黒髪はサラサラしていてさわってみたいけれど、ふれたら絶対に怒られるだろう。

つがいになるということがどういうことか、シーラはいまいち分っていない。けれど、この男と共に暮らしたり子供を育てたりするのは嫌だな、と思ってしまった。

そしてその気持ちは宮殿に着いてからも変わっていない。この部屋に放り込まれてまだ一日だけど、シーラはもうつがいを中止して教会に帰りたくてたまらないのだから。
 
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