軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
「僕は……ワールベークの味方でもフェイリンの味方でもありません。ただあなたに、強く幸福に生きて欲しいと願っているだけです」
ボドワンの話によると、彼は以前、在フェイリン王国の大使に任命され、長期滞在していたらしい。その際クラーラが女でありながら摂生という立場で国政の舵をとっている凛々しい姿を見て、深い感銘を受けたのだという。
それから自国へ帰って数年後。フェイリン王国が大戦に負けたという話を聞き胸を痛めていたところに、マシューズからメア宮殿でシーラの講師をして欲しいと話を持ち掛けられたのだった。
公爵であるマシューズのことは大使時代にクラーラに紹介されて知っていたし、何よりクラーラに娘がいたことに驚いたボドワンは、その任務に俄然興味を持った。
そうしてシーラのポワニャール語の講師として派遣されてきたのだが――。
「はじめは、あなたにフェイリンの女王になって欲しいと思っていました。その方がクラーラ様がお喜びになると思ったから。けど……ワールベークの皇妃になろうと日々努力しているあなたを見ているうちに、僕は純粋にあなたを応援したくなったのです。女王でも皇妃でもどちらでもいい。あなた自身が選んだ道で幸福に生きてくだされば、それが僕の一番の望みです」
どうして見返りもなくシーラの幸福をそこまで願ってくれるのか。そう問おうとしたけれど、それが愚問だということは男心に疎いシーラにも分かった。
頬を赤く染めながら身を乗り出してシーラの手を握りしめている彼に、どうして答えの分かりきっていることが聞けようか。
自分の苦労など厭わないほど誰かに尽くしたい気持ちは、シーラも経験済みだ。そしてそれは間違いなく、友情などという枠を超えている。
恥ずかしくなってしまって顔を俯かせると、ボドワンはハッとしたように握りしめていた手を解放した。
「し……失礼いたしました」
放されたはずなのに、握られていた手がいつまでも熱い。胸がドキドキと煩くて頭がちゃんと回らなくなってしまった。
(ボドワンも私に……恋をしているの……?)
まだまだ恋の初心者であるシーラは、アドルフ以外の男性に恋心を抱かれるなど想像もしたことがなかった。思いもよらなかったボドワンの胸の内に気づいてしまい、動揺が抑えきれない。
(どうしよう。こんなときなんて言えばいいの……?)
戸惑いながら視線を泳がせていると、同じように気まずそうに俯いていたボドワンと目が合った。それを合図に彼は弾かれるように顔を上げると、常盤色の瞳でまっすぐにシーラを見つめてくる。
「シーラ様。身分違いは承知の上で、このようなことを告げるのをお許しください。僕は、純粋で無垢なあなたと共に過ごすうちに、あなたのことを――」