軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
しかし、謁見室に入ってきたアドルフを見て、マシューズ達は目を丸くする。
彼は護衛も側近もつけずひとりで入ってきた……ように思われたが、その隣には意外な同行者が並んでいた。
「クーシー!!」
さすがに驚いて、シーラは思わず大きな声をあげてしまう。
利口にアドルフに並んで歩いていたクーシーだったが、シーラが名を呼ぶと途端に反応して尻尾をちぎれんばかりに振り、彼女に向かって駆け出した。
慌てて衛兵がそれを止めようとするが、クーシーに向かって駆けてきたシーラに阻まれる。
「ああ、クーシー! 来てくれたのね! あなたを置いていってしまってごめんなさい!」
走ってきたクーシーの大きな身体を、シーラは両腕を広げ全身で抱きとめる。そしてよく知ったフカフカの感触を愛おしむように、抱きしめ頬ずりをし再会を喜んだ。
さすがに愛犬との熱烈な再会は予想外だったのだろう、マシューズもノーランドもポカンとしている。
アドルフは存分に抱き合って喜び合うシーラ達を見て初めは静かに微笑んでいたが、やがて少しだけ複雑そうに眉根を寄せた。
「……俺との再会より嬉しそうなのはどういうことだ……」
ボソリと不満げな声が聞こえた気がしてシーラは顔を上げたが、アドルフはプイと顔を背けてしまったのでよく分からなかった。
「ほほう、シーラ様の愛犬をお連れになってくださったのですか。これは感謝せねば。新しい環境におられるシーラ様には、たいへん心強い存在になるでしょう」
刹那和やかだった空気を再び張り詰めたものに戻したのは、ノーランドの言葉だった。
途端にアドルフの表情が険しくなり、琥珀の瞳が敵を射殺さんばかりの威圧を放つ。
「マシューズ公爵、ノーランド外務大臣。この度は急な接見要求に応えていただき感謝する」
言葉は穏やかだが、雰囲気は一触即発の緊張感を纏っている。しかしノーランドは動じる様子も見せずに、余裕のある笑みを見せた。
「我々はどこかの国と違って誠実でございますから。話し合いを試みる賓客を門前払いするような真似は致しません」
それはきっと、帝国に以前謁見を断られ続けたことを皮肉っているのだろう。アドルフに対する明らかな挑発だ。