軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
 
しかしアドルフもアドルフで、そんな焚きつけに容易く乗ったりはしない。

「それは喜ばしい。では早速だが単刀直入に申し上げよう。我が国で保護していたシーラ殿下が何故今ここにいるのか、詳しく経緯を話していただこうか」

問題がいきなり核心に触れ、シーラの身体に緊張が走る。

ノーランドは余裕の笑みを絶やさぬままこちらを向くと、「それはシーラ様が自らご説明したいとのことです」と促してきた。

アドルフの視線が自分に向けられたのを感じて、シーラは乾いた喉に唾を呑み込むと、彼の方に向き直って口を開いた。

「アドルフ様、あなたの許可を得ないうちに勝手にワールベークを抜け出してごめんなさい。ここへやって来たのは、手紙でお伝えした通り私の意思です。決して強要された訳でもさらわれた訳でもありません」

まずは最悪の事態である軍事衝突にならないよう、キッパリとそれを伝える。

アドルフは一瞬顔をしかめそうになったが、すぐに冷静さを取り戻しシーラを見つめ続けた。

「けど、お手紙でお伝えした通り、私はお母様に接見したらすぐにあなたのもとに戻るつもりです。本当です」

そしてシーラはフェイリン王国に留まるつもりもないこともハッキリと告げた。これできっと、アドルフも少しは安心してくれるのではないかと思う。

しかし彼は口を噤んだまま眉間に皺を刻むと、今度はノーランド達に厳しい視線を向けた。

「……外道め。己が崇め奉る主君の心さえ、お前らにとっては政治の道具でしかないのか」

明らかに怒りを含んだ声を吐いたアドルフに、今度はマシューズが嘲笑を浮かべて返す。

「それはお互い様でございましょう。聞けばシーラ様はあなたが政略結婚を利用してフェイリン王国を乗っ取ろうとしていることを、教えられていなかったと言うじゃありませんか。シーラ様が何もご存じないのをいいことに、良き夫を演じ結婚へと仕向けさせ、まんまとフェイリン王国の王位を手に入れることは道に外れていないとでも?」

「話さなかったのではない、機を待っていただけだ。きさまらと一緒にするな」

ふたりのやりとりを見ながらシーラはハラハラとする。ここにはアドルフの側近のヨハンもテオドールもいない。万が一彼が激昂したら、身体を張って止めてくれる者がいないのだ。これ以上口論が過熱しないことを祈りたい。
 
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