軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
そんな主を心配して、クーシーが悲しげな声で鳴きながら鼻を摺り寄せてきた。
「ありがとう。大丈夫よ、クーシー」
慰めてくれる優しい友の頭を撫でて、シーラは気持ちを落ち着かせる。
その光景を見ていたアドルフが苦悩と焦燥をないまぜにした表情を浮かべ、己に対する苛立ちを抑えきれないようにチッと舌打ちをしてから口を開いた。
「帰るぞ、シーラ! 話なら結婚式までにしてやる、だから今すぐ俺とワールベークへ戻れ!」
彼なりに色々と思うところはあるのだろう。けれどその命令はあまりにも横暴すぎる。
「お、お待ちください。まだ私は帰れません。お母様に会えていないのです」
咄嗟にそう言い返せば、さらに耳を疑うような言葉が返ってきた。
「会わなくていい! 会う必要などない!」
そう怒鳴られて、シーラの瞳にジワリと涙が浮かんだ。
十八年ぶりに祖国へ戻りようやく念願の母と会えるというのに、何故そんなひどい命令をするのだろうか。しかもアドルフをはじめワールベーク帝国の者達は、徹底してシーラに母や兄のことを教えてはくれなかったのだ。
メア宮殿にきてからシーラはアドルフに一番の信頼を寄せていたが、家族との絆を妨害する彼を初めて冷酷だと思った。
「……どうしてそんなことを仰るのですか? 母は危篤なのですよ? ここで会わなかったら、もう二度と会えなくなってしまうかもしれないのに。アドルフ様は私に、お母様との思い出をひとつも作らせてくれないのですか……?」