軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
シーラの青い瞳から、ポロポロと涙の粒が滑り落ちていく。
それを見てアドルフは「そうじゃない」と言いかけて口を噤み、もどかしそうに首を横に振った。
「私はアドルフ様のことが好きです。でも、家族のことも愛したいです。お母様に会いたい……本当は、お兄様にも会いたかった……」
顔を覆ってしゃくりあげてしまうと、謁見室は静寂に包まれた。クーシーの悲しそうに鳴く声だけが、虚しく部屋に響く。
「……帰るんだ、シーラ。俺がすべてを話してやるから」
やがて、言い含めるように静かな声でアドルフが呼びかけたが、シーラは顔を覆ったままイヤイヤと首を横に振った。
「無理強いはよくありませんな、アドルフ陛下。あなたは我々と違いシーラ様に対して誠実だったのではありませんかな?」
まるで勝ち誇ったような醜悪な笑みを浮かべてマシューズが口を挟み、それにノーランドも続いた。
「シーラ様は現在我が国の保護下にあります。無理を強いて手荒な真似をされるのであれば、これは国際問題になりかねませんよ。……どうぞ、シーラ様のご意志を尊重して、お引き取りくださいませ」
アドルフは眼光鋭い眼差しをマシューズ達にぶつけたが、やがて大きく息を吐くと落ち着いた面持ちになり、シーラを静かに抱きしめた。
「……お前がどうしてもそれを望むのなら、好きにすればいい。けど、忘れるな。俺は絶対にお前を見捨てない。お前が求めれば、俺は必ずお前をこの胸に抱きとめてやる」
耳もとでそう囁いて、アドルフは素早いキスを額に落とすとシーラの身体を離す。そしてしゃがみ込んでクーシーの頭を乱暴に撫でると、「後は頼んだぞ」と言い残し、踵を返して謁見室から出ていった。
「……アドルフ様……」
去ってしまった彼の後ろ姿を見つめたまま、シーラは立ち尽くしポツリと呟く。
彼の残した言葉が、いつまでも耳から離れない。強さと、少しだけ切なさの滲む声だった。
シーラの要望は何も間違ってはいない。母に会いたい、ただそれだけのことを許して欲しかっただけだ。けれども。
彼を一瞬でもひどい男だと思ってしまったことには、傷が疼くような後悔が残った。