軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
母に会えないうえ理不尽な恥をかかされて、シーラは不満でいっぱいだ。アドルフの命令に背いてまでここにいるのは、いったいなんのためなのか。
珍しく苛立っているシーラを宥めようとしてボドワンが近づこうとしたとき、もうひとり不満でいっぱいの者がワン!と威嚇して吠えた。
噛みつかんばかりに牙を剥き出しにして怒っているクーシーを、シーラがよしよしとなおざりに宥める。
アドルフが置いていったクーシーは、シーラの部屋で共に暮らすことを許された。しかし当の本人はメア宮殿の果樹園に置いてけぼりにされたことを怒っているらしく、ボドワンとマシューズはじめエグバート宮殿の誰に対しても敵意を剥き出しにしている。
「すっかり嫌われちゃったなあ。シーラ様と引き離した張本人だと思われているんだろうな」
唸るクーシーから数歩下がりながら、ボドワンは自省の苦笑を浮かべる。
しかし今のシーラにクーシーを躾けている余裕はない。いくら自分が世間知らずだとはいえ、このままマシューズ達の策略にまんまとはまる訳にはいかないのだから。
「私が王座につくと言うまで、まさかマシューズ達はお母様に会わせないつもり?」
焦燥と苛立ちでいっぱいのシーラの言葉を聞いて、ボドワンは腕を組みながら違和感に首を傾げた。
「……もしそうならば、クラーラ様のご危篤は嘘だということになりますね。クラーラ様に万が一のことがあれば、シーラ様をこの国へ留める理由がなくなってしまう。けど……こんなバレバレの企みでシーラ様を騙し続けられるとは、マシューズ閣下達も考えていないでしょう」
なんだか嫌な予感を覚えたボドワンは、しばらく深く考え込んでから顔を上げる。
そして、シーラをメア宮殿から連れ出したときと同じように、覚悟を決めた真剣な表情を浮かべて言った。
「会いにいきましょう、クラーラ様に。あなたはあなたの意思で動くべきだ」