軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
「本当に賢いですね、クーシーは」
「当然よ。私の家族でお友達ですもの」
つくづくと感心しながら、ボドワンが裏口の鍵を開ける。
この離宮は百年以上前に建てられたもので、正面玄関以外の鍵は前時代のウォード錠と呼ばれる錠前のままになっている。とても単純な構造なので同じタイプの鍵であれば簡単に解錠できてしまうのだ。
昼間のうちに鍵職人のところへいき何種類かのウォード錠を買ってきたボドワンは、幾つかそれを試したあげく裏口を開くことに成功した。
足音を忍ばせ恐る恐る離宮の中に足を踏み入れたが、中には特に警備の兵士は見当たらなかった。
さして大きな建物ではないし、病人の養成場所なので泥棒が入ることも本殿ほど危惧していないのだろう。
シーラ達は迷わず二階を目指す。主寝室が最上階にあるのは、宮殿でも離宮でも変わらない。
近侍の控室らしき部屋の前を忍び足で通り、一番奥に木彫り細工で飾られたひと際大きな観音開きの扉を見つけた。
「ここ……ですね」
ボドワンの呟きに、間違いないと確信しシーラはコクリと頷く。
この扉の奥に会いたくてやまなかった母がいるのだ。緊張と期待で気持ちが高揚して、心臓が早鐘を打つ。
会ったらなんて言葉を交わそうか。ひと目でシーラと分かってくれるだろうか。抱きしめてもらいたいけれど、肺を病んでいるのが本当なら無理はさせられない。
様々な想いが湧き上がって思考がまとまらない。何度も深呼吸をして扉を見つめると、ボドワンが目で合図をしてから小さくノックをした。
二回ほどノックを繰り返したが返事はない。もう寝ていても当たり前の時間だ。起こすのは悪いとためらう気持ちもあるけれど、こうするしか手段はないのだからと覚悟を決める。
ノブに手を掛けゆっくりと扉を開いたのはシーラだ。部屋の中は暗かったが、ベッドサイドのテーブルにオイルランタンが置かれ仄かな灯りを照らしている。
そしてそのおぼろげな灯りの中に、ベッドに横たわっている人影が映し出されて見えた。