軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
「見ていろ。帝国皇帝の妻をかどわかし、あまつさえ傷つけた者がどのような報いを受けるか」
静かな怒りを含んだ声に、シーラは言葉も出せずただ震えるように頷く。
「俺の怒りは、軍神の怒りだ」
琥珀の瞳が、迫りくる敵を馬上から睨みつけた。
「前衛隊、射撃用意――撃てぇっ!」
アドルフの命令で歩兵隊が構えていた銃を一斉に発砲した。
シーラを追いかけて城門までやって来た衛兵達は、まさか宮殿の入口で帝国軍に迎撃されるなどとは夢にも思わず、為す術もない。
何十人といた追跡の衛兵達は、あっという間に全滅した。そして遅れてやって来たマシューズの馬と近衛兵らにも、帝国軍の銃口が向けられる。
「な、なんだこれは! どうして帝国軍がこんなところに!?」
自軍が城門を抜けたところで全滅している有様を見て、マシューズは混乱に陥る。
すると、歩兵隊の部隊が中央で割れ、その間から馬に乗ったアドルフが現れマシューズと対峙した。
「マシューズ。敗戦国にかけた俺の慈悲を踏みにじり、我欲のために崇めるべき君主を冒涜した愚か者め。帝国皇妃の心と身体に傷を負わせた罪は命以外で購えると思うな。地獄で後悔しろ」
軍神の下した鉄槌に、マシューズの顔色が一瞬で変わる。
彼は震えあがり言葉も返せないまま馬を翻して逃げようとしたが、アドルフの射撃命令と共にその背に銃撃を受け――悪の野望は、潰えた。
シーラはただ、それを呆然と見ていた。
硝煙と血の匂いに包まれて、頭がクラクラとする。恐ろしいと感じる気持ちは、抑えようもない。
けれど、これが軍人皇帝なのだと。国と大切な人間を守るために武器を手にし、命がけで戦う男なのだと、心の底から思い知る。
そして自分は、この男が誇り守る妻なのだということも――。
シーラはテオドールが止めるのも聞かずふらつく足取りで歩兵隊の間を通り、アドルフのそばまで辿り着く。そして血で汚れたドレスの裾を持って、優雅に膝を曲げこうべを垂れた。
「……お見事でございます、アドルフ陛下。悪の手から守ってくださったことに、甚大なる謝意を表します」
頭にも手足にも傷を負い血に汚れていながらも、その姿は強く、たおやかで優美に人々の目に映った。
のちに、このときの皇妃の気高さを『軍神の女神』と称え呼ばれることになるが、直後に緊張と疲労から気を失って倒れてしまったシーラは、当然知る由もない。