軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
宮殿の通路からヨハンが呼んでいる声が聞こえ、アドルフはハッと我に返った。そしてすかさず立ち上がり、そちらへ向かう。
「なんだ」
「ああ、果樹園にいらしたのですね。そろそろ軍事会議のお時間です。宮殿へお戻りください」
アドルフは「分かった」と答えると、近くにいた侍従にシーラを部屋まで送り届けるよう命じて、果樹園を後にする。
「おや、シーラ様とご一緒におられたのですね」
宮殿に向かって足を進めるアドルフに、ヨハンが少し意外そうに声をかけてきた。
フェリシア王国の教会からこの宮殿に戻るまで、アドルフとシーラの関係は良好とはとても言い難いものだったのだ。
初めてのことばかりで戸惑うことしかできないシーラと、予想以上の彼女の無知さにひたすら呆れるアドルフ。そんなふたりを見て、この政略結婚は失敗なのではないかと臣下らはハラハラとしていたのだ。
けれど、果樹園のベンチでふたりきりで過ごすなど、まるで恋人同士がするデートではないか。ヨハンはこの政略結婚に初めて光明が見えた気がして、内心安堵すると共に、君主の心変わりに少々驚いた。
「いかがです、シーラ様は。その……陛下の奥方として、務めを果たされそうですか?」
遠回しにヨハンが聞く。『シーラと子作りできそうか?』と。
決して下世話なことではない、王朝の存亡が掛かっている重大な問題なのだ。皇帝の好みからは大きく外れた妻だけど、なんとか世継ぎを残す努力をしてもらわねば困る。
ヨハンの質問にアドルフは足を止めると、今来た道を振り返った。遠くに、侍従に連れられ渋々と果樹園から去っていくシーラの姿が見える。
「先は長いな。だが、小鳥を愛でるくらいには思えなくもない」
「小鳥、ですか……」
その気持ちは性愛ではなく庇護欲でしょう、とヨハンは肩を落とす。
アドルフの中に芽生えたものは、確かに子供や動物に抱く感情に近い。無邪気過ぎる彼女を、大人の女として見るにはまだまだ時間が必要だろう。
けれど、重ね合った手の独特な柔らかさや、笑ったときの華やかさ、そして、ふとした瞬間に見せる無意識の色香は確かに“女”のそれで――。
時間は掛かるけれど、不可能ではないような予感を、宮殿に向かって歩くアドルフは抱いていた。