軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
ワールベーク帝国の王城であるここ、メア宮殿へ連れてこられて十日。
シーラはようやく、自分が今置かれている状況を把握できるようになってきた。
まず、このワールベーク帝国のこと。およそ六十年前に革命が起こり、それまで続いていた王政が崩壊し王家が滅亡したという。その後、共和政が樹立したが、同時に革命期の混乱をついてワールベークは他国からの侵略を度々受けるようになってしまう。
保守派と革命派の争いで安定しない国政、圧迫される財源、そして他国からの侵略と恐怖政治の抑圧に脅かされる日々。
そんな窮地を救ったのがアドルフの祖父、バルタザール・ヴァイラントだった。当時国内軍司令官だった彼は攻め入る敵を次々と打ち破り、一躍救国の英雄となる。
さらには遠征軍司令官としても次々に勝鬨を上げ、ワールベークの財源を潤しただけでなく、第一政党の推薦と国民投票を得て、世襲制皇帝として王座に就いたのである。
これが、ワールベーク帝国ヴァイラント王朝の始まりであった。
以来、ワールベーク帝国皇帝は国家君主であると共に、最高指揮権を持つ軍人でもあるのだ。
小説でしか戦争を知らなかったシーラは、複雑な帝国史を聞いてもチンプンカンプンだし、正直あまり興味も湧かなかった。
けれど、ワールベーク帝国が三ヵ月前まで戦争をしていたのが、自分の祖国であるフェイリン王国だったという話は、さすがに関心が湧く。それなのに。
「私の国は戦争に負けたのでしょう? 私のお母様は今どうなさっているの?」
一番聞いてみたかった質問に、教育係はそろって口を噤んでしまう。
まさか戦争で亡くなったのかと危惧したが、それはないとのことだった。
帝国のことはもちろん、シーラは祖国のことも何も知らない。
自分がフェイリン王国の王女だということは、幼い頃にシスターに聞いた。
けれど、父や母がどんな人なのか、本当に自分が王女ならば何故ここにいるのか、尋ねたところで歴代のシスター達は『さあ』と首を横に振るだけなので、シーラはたちまち関心を失くし、挙げ句の果てにはもしかしたら彼女達の妄言ではないかとさえ思っていた。
そして結局。ワールベーク帝国に来てからも、一番知りたかった祖国のことはほとんど教えてもらえていない。
ただ、フェイリン王国はワールベーク帝国との戦争に負けたということ。そして、講和条件として両国の婚姻関係を結ぶために、自分は今さらフェイリン王女としてこの政略結婚に引っ張り出されてきたのだ、ということだけは教えてもらえた。
他に教わったのは、宮廷におけるしきたり、各宮廷官らの名称と役割、そしてシーラが皇妃となるために何が必要で何を学ぶべきかということ。
それらを十日掛けて教えられ、ようやくシーラは自分が今ここで何者なのかを理解したのであった。
しかし。無垢で無知な少女を困難が待ち受けるのは、これからである。