軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
「……シーラ様、……シーラ様!」
「あっ、はい!」
異国語の講師に何度も呼びかけられ、ぼーっとしていたシーラはハッと我に返ると慌てて背筋を伸ばした。
「どうされたのですか? 最近ぼんやりされることが多いようにお見受けしますが。もしかして、まだお身体の調子がよくないのですか?」
ひっつめ髪の女性講師にマジマジと顔を覗き込まれて、シーラは「だ、大丈夫です」と愛想笑いを浮かべる。そして教本のページをめくり、慌てて習い書きを再開させた。
熱が下がり元の生活に戻ってから半月が過ぎた。今は犬舎に預けられているクーシーの怪我も随分と良くなり、もうすぐシーラと一緒に暮らせそうだ。
けれど、シーラはあれから時々熱病に浮かされたみたいになってしまう。顔が熱くなって、周りの景色も声も何も頭に入ってこなくなってしまうのだ。
そんなときに頭に浮かんでいるのは、必ずアドルフのことだった。
目を閉じれば何度だって瞼の裏に蘇る、野犬から守ってくれたときの勇ましい姿。頬を撫でてくれたときの眼差し。歌を歌ってあげたときに抱きしめられた感触。俺の妻だと告げられたときの低い声。そして――夢かと錯覚するような、刹那のキス。
アドルフのことを考えると胸も顔も熱くなって、心地よくてとろけそうになってしまう。ドキドキと早まる鼓動ですら、苦しいのに気持ちよい。
シーラはできることならずっとアドルフのことを考えていたいと思う。けれど、願うまでもなく勝手に頭に浮かんできてしまうから、ちょっと困ってもいるのだ。
このように授業中や何かの作業中に恋に耽ってしまうことはしょっちゅうで、講師達の間ではシーラはどうしてしまったのかと噂にもなっている。しかし誰もが、彼女が十八にし初めての恋を、それも夫となる男にしているのだとは、気付く由もなかった。