軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
ところで、宮殿にはもうひとり、恋心を持て余している者がいる。
「アドルフ陛下はどうなさったのかしら?」
「せっかくお怪我がよくなられたというのに、今日は誰とも踊らないどころか、まともにおしゃべりもしてくださらないのよ」
冬至明けに行われる毎年恒例の国内貴族を招いた皇室主催の新年パーティー。しかし主役である皇帝アドルフは、挨拶を済ませるとダンスにも参加せず、たっぷりとクッションが置かれた大型のシェーズロングに腰掛け、ただ発泡ワインを口にしている。
周りを囲ってお喋りをしているのは、あだっぽい絹のドレスになまめかしく身体を包んだ婦人ではなく、軍部や政府の関係者ばかりだ。せっかくのパーティーなのに、これでは婦人方が拗ねてしまうのも当然だろう。
アドルフはたいへんに魅力的な男だ。美丈夫としかいいようのない顔立ちに、逞しく整ったスタイルと高身長。所作は雄々しくも優雅で、軽薄ではないが朴念仁でもない。大人の男として相応しい女性の扱い方を心得ている。
皇帝という地位を抜きにしても心惹かれる女性は国内外に数多いる。それこそ彼がシーラとの婚約を発表するまでは、妻の座に収まりたい女達の間で熾烈な戦いが密かに起きていたほどだ。
今宵のパーティーでも、そんな憧れの皇帝と少しでもお近づきになりたい者はわんさかといる。正妃でなくてもいい、愛人でも、一夜のお相手でも、むしろ一曲踊ってくれるだけでも構わない。
そんないじらしい期待を胸に抱いてきた婦人達は、あまりにもそっけない態度のアドルフに皆しょんぼりと肩を落とすしかなかった。
さすがにパーティーの一番大きな花がむさくるしい男にしか囲まれていないのは如何なものかと、雰囲気を察した側近のヨハンが小声で進言した。
「陛下。ご婦人方が退屈しておりますよ。主催者として、少しお相手してさしあげてはいかがですか」
しかしアドルフは、手に持ったグラスをゆらゆらと揺らしながら、遠巻きに熱視線を送ってくる女達をどこか冷めた目で見つめた。