軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
「……変な色だな」
「は?」
「口紅だ。皆、揃いも揃って不自然な色をしている」
唐突に話し出したアドルフの言葉の内容に、ヨハンは首を傾げた後、振り返って会場にいる婦人達を眺めた。
近年帝都で流行している口紅は、少し紫がかった濃い赤色だ。大人の色気を醸し出すには、適している色といえよう。
老いも若きもつけているこの色を、アドルフは見慣れているはずだった。それどころか以前は艶っぽく見えて、嫌いではなかったと思う。
しかし今は不自然に唇を彩るこの色が、気色悪く目に映る。
「うーん、そうですかね? 普通じゃないですか?」
「……少なくとも、口づけしたいと思える唇じゃないな」
意外な自論を言い出したアドルフに、ヨハンは密かに驚いた。ならばどんな唇が口づけしたくなるのか、つい尋ねてしまいたくなるのをあやうくこらえる。
アドルフはつまらなさそうにひとつ溜息をつくと、「少し休んでくる」と言い残し、側近も近衛兵も連れずに、会場から出ていった。
舞踏会場から中庭に出て、離れた噴水までやって来ると、パーティーの喧騒はすっかり聞こえなくなった。アドルフは噴水の縁に腰掛け、ぼんやりと夜空を見上げる。
なるべく冷静さを装ってはいるが、最近の自分がおかしいことを、アドルフは自覚していた。
原因は分かっている、シーラだ。彼女とキスをしてから調子がくるっている。
いずれは妻として彼女を愛することができればいいとは思っていたが、まさかこんなうぶな恋に堕ちるとは予想外だった。
キスをした翌日から、毎朝、朝食室で顔を合わせるたびに胸が高鳴っている。しかもシーラもシーラでキスしたことを意識しているのか、アドルフに対して妙にぎこちないのだ。
その結果、ふたりきりで過ごす朝食の時間は独特の緊張感が漂うものになっている。
シーラはなかなかアドルフと目を合わせようとしない。それなのに、ふと気づくとじっとこちらを見つめている。
そのときのシーラの表情といったら――キスをしたときと同じく、やたらと蠱惑的なのだ。