軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
 
潤んでうっとりした瞳に、ほんのり染まった頬。そして、無防備に開かれた、健康的な桃色の唇。

それを目にするたび、椅子から立ち上がって早急に口づけをしたい衝動に何度駆られたことか。

けれど、シーラはアドルフの視線に気づくとハッと顔を俯かせ、まるで口づけされまいと隠してしまうように、口にパンをモグモグと詰め込みだすのだ。

それはそれで可愛いのだが、なんだかこちらの欲望を見透かし避けられたようで、少々気まずい。

無垢なシーラをいやらしい目で見ているようないたたまれなさを感じて、アドルフも視線を外す。しかし、気のない素振りでコーヒーなどを口にしながらも、自分にもどかしい苛立ちを覚えていた。

(……別に、キスがしたければすればいいじゃないか。妻にキスの遠慮をする必要がどこにある)

こんなことで躊躇している自分が情けない。シーラとはじきに子作りをするようになるというのに、たかがキスのひとつやふたつを何故ためらわなくてはいけないのか。

そう思うのだが、あまりにも純真な彼女の姿を見ていると、強引に自分の欲を押しつけることがひどく悪いことに思えてくるのだ。

そうして視線を逸らし合ったり、こっそり見つめたり、気まずさを誤魔化すような当たり障りのない会話を時々して、朝食の時間は毎日過ぎていた。

そんな朝の情景を思い出して、アドルフは夜空を見上げたままハァッと溜息を吐く。そして両手で自分の顔を覆い項垂れた。

(……会いたい……)

思い出してしまったら、無性にシーラに会いたくなってしまった。あのフニフニした頬を撫でてやりたい。頭を撫でるのもいい、喜んでとてもいい顔をするから。歌を歌ってもらうのもいい。自分のためだけに、あのカナリアのような美声を響かせて欲しい。

いっそパーティーなど放り出して、彼女の部屋へ押しかけてしまおうかなどと衝動的に考える。そして、そんな馬鹿げたことを考えるようになってしまった自分に、アドルフは心から辟易とした。

(本当にどうかしている。俺は皇帝だぞ。立場をわきまえろ)

アドルフは手を離すと熱くてたまらない頬を夜風にさらして冷やした。そして噴水から立ち上がり、皇帝らしい毅然とした足取りで会場へと戻ったのだった。
 
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