軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
 
クーシーを抱きしめ、フカフカの身体を撫でながら語っていると、「コホン」と小さく咳払いの音が聞こえた。

「シーラ様。せっかくの愛犬との再会をお邪魔して申し訳ないのですが、作法教育のお時間でございます」

振り向くと、飼育員の後ろに教育係の女官が立っていた。

弾んでいたシーラの気持ちがみるみるしぼんでいく。

けれど、最近のシーラは授業を嫌がって逃げ出したりはしない。皇妃になるために必要なことなのだと言われると、アドルフの顔が浮かんできて我慢できるようになってきたのだ。

「クーシー、行ってくるからお利口に待っててね」

そう言ってシーラはクーシーのおでこにチュッとキスを落とすと、女官の後について広間へと移動した。

作法教育の授業は普段の立ち姿や仕草、歩き方や笑い方、挨拶の仕方などを教わっていたが、最近では、宮殿でのマナー、公務でのマナー、外交でのマナー、社交場でのマナーと細分化されるようになってきた。

今日は初めて社交場のマナーというものを教わる。その中でも特に皇妃活動と関わりが深い舞踏会に関してだ。

舞踏会がどういうものか分かっていないシーラに、女官はまずは概要から説明していく。

皇妃が主催、もしくは招待されるものは外交の伴うものが多い。華やかに見えて巧みな政治的思惑が繰り広げられるのは当然で、面倒なことにそこには男女の駆け引きまで介入してくるという。

……などと説明されても、シーラには当然ピンとこない。首を傾げていると、補佐についていた若い女官が、かみ砕いて教えてくれた。

「つまり、ワールベーク帝国にお願いを聞いてもらいたい国は、陛下や妃殿下と特別に仲良くなろうとして近づいてくる訳です。そういった者の誘いに、迂闊にのってはいけないということです」

「どうして? 仲良くすることはいいことじゃないの?」

「仲良くといってもお友達ではありませんよ。秘密で男女の仲に……、ええと、キスをしたり抱き合ったり、夫婦ではないのに夫婦の真似事をしようと誘ってくるのです」
 
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