軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
まだ性交の知識のないシーラのために、若い女官は子供に言い聞かせるような言葉で教えた。さすがに理解できたシーラだったけれど、その途端に顔を青ざめさせてガタンと椅子から立ち上がる。
「それって、アドルフ様も!? アドルフ様も他の女性にキ……キスの誘いを受けたりするの!?」
えらい剣幕で尋ねてきたシーラに、女官達は驚いて一瞬返答に詰まる。
真相を言ってしまえば、アドルフなど舞踏会だけでなくどの社交場に行っても権力者から女性を山のように贈られる立場だ。それどころか政治的思惑を抜きにしても、彼に近づこうとする女性は多い。
そんなことは王侯貴族ならば常識として受けとめられるけれど、あいにくこの純真な皇妃は、そうではない。本当のことを正直に伝えにくい雰囲気が、シーラからはひしひしと漂っている。
「ええと……、へ、陛下はその、とても大きな権力をお持ちのお方ですから、ときにはそういった誘いもありますが……お心のご立派なお方なのできちんとお断りされていますよ……おそらく」
実際のところ、たかが女官に皇帝の女性関係がどうなっているかなど知るところではない。アドルフの性格からして政治の絡む女をベッドに連れ込むことはしないだろうが、若かりし頃に一夜の火遊びをしたかどうかまでは、女官などに断言できないのは当然だろう。
なるべくシーラがショックを受けないように、けれど真実とかけ離れないように伝えたつもりだけれど、残念ながら目の前の皇妃は今にも泣き出しそうな顔になってしまった。
(アドルフ様は私じゃない女の人から、キスの誘いを受けたことがあるの? もしかしたら、それに応じてしまったことがあるの……?)
シーラは初めてのキスの夜を思い出す。
夢かと思うような刹那だったけれど、あのときめきは忘れられない。優しく頬を包んでくれた手、目を閉じて近づいてきた麗しい顔、離れたあと唇に触れた親指。思い出すだけで鼓動が逸る。
なのに、もしかしたらアドルフが他の女性とそれをしたことがあるかもしれないと思うと、ときめいていた胸が締めつけられるように痛くなり、頭の中がグルグルと気持ち悪くなった。
(そういえばアドルフ様はこの間もパーティーに出席されていたわ。まさか、そのときも……)
考えたくないことを考えてしまって、シーラはついに泣き出してしまった。自分でもどうしてこんなにつらく悲しくなるのか分からないが、これが恋というものなのだろう。
その場にへたり込んでシクシクと泣き出してしまったシーラに、女官達は慌て授業は中止になったが、涙はいつまでも止まることがなかった。