軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
寄り添っていたクーシーが振り向いてひと声吠えたのを聞いて、シーラはようやく誰かが入室してきたことに気づいた。
「シーラ様……、大丈夫ですか」
目の前までやって来て、しゃがみ込みながら気持ちを宥めるように背をさすってくれたのは、今日も濃緑色のルダンゴートを着て少年のような面立ちを切り揃えた髪につつまれたボドワンだった。
「……ボドワン……」
泣き腫らした顔を上げると、ボドワンが苦しそうに眉根を寄せる。そして自分のハンカチでシーラの涙をぬぐうと、泣きすぎてしゃくりあげるのが止められなくなった彼女の背を再び撫でた。
「申し訳ございません。本日の授業は中止だと聞いたのですが、シーラ様のことが心配で尋ねてきてしまいました」
彼の親切に感謝するが、今は礼を述べる余裕もない。シーラは嗚咽の零れる口もとを押さえながら、ただ黙って頷いた。
アドルフが消息不明だという報せを聞いてから、時間がとてつもなく長く感じる。
彼の無事を信じたいが、もしもこの遅々とした苦しみが永遠に続くのだったら、いっそこの心を殺してしまいたいとさえ思うほど、シーラの悲しみは深い。
絶望にも似た思いで項垂れ泣き続けていると。
「シーラ様」
ボドワンの手にふいに頬を包まれ、顔を上げさせられた。
「王家たるもの、俯いてはなりませんよ。例え最愛の者を亡くされようと、胸を張り前を向いてください。あなたが俯けば、あなたの足もとにいる国民に影が落ちるのです。国家の危機なるときこそ毅然と立ち、微笑んで民に手を振ってください。この国は大丈夫だとあなたが示さなくて誰が希望を持てるのです。どんなにつらくとも、誰よりも強いお心をお持ちなさい。それが、王家たる者の宿命です」
常盤色の瞳でまっすぐに見つめ、ボドワンはシーラに説いた。強い視線に絡めとられた青い瞳が一瞬涙を途切れさせ、再び溢れそうになるのを必死にこらえる。
厳しく誠実な叱咤激励は、厭世の沼に堕ちそうになっているシーラの心を引き止めた。