軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
何をしていいかも分からない。取り残された自分は、悲しみに暮れることしかできないような気がして暗くなっていた目の前に、一縷の光を見たような気がした。
シーラはボドワンの手を除け立ち上がると、両手でゴシゴシと涙を拭った。まだ溢れてきそうになる涙を、唇を噛みしめて必死にこらえ、天を仰ぐ。
(アドルフ様が戦い守ってきたこの国に、絶望を抱かせてはいけない。私にできるのは、皇妃として強く在ることだけ。アドルフ様は必ず帰ってくる。その日まで私は、アドルフ様のように気丈に前を向き続けるわ)
最後に一粒滑っていった涙を拳でぬぐって、シーラは凛然とした顔つきでボドワンを見つめた。
「ありがとう、ボドワン。あなたの言う通りだわ。泣いていたって、何も変わらないものね。だったら私は、私のするべきことをするわ」
さっきまでと打って変わって決然としたシーラの姿に、ボドワンも目を細め深く頷く。
シーラは部屋を出ると廊下にいた侍女に声をかけ、授業を再開させるよう頼んだ。
ずっと弱っていたシーラを心配して、侍女は「大丈夫ですか。あまり無理をされては……」と気遣ってくれたが、明るく微笑んで首を横に振ってみせる。
「今の私がするべきことは、アドルフ様を信じて待つこと。それから、あのお方がどこにいても安心できるように、一日も早く立派な皇妃になることだから。もう泣いたりしないわ。みんなにも伝えて、心配かけてごめんなさいって。私はもう大丈夫よって」
その力強い言葉は宮殿に広まり、沈んでいた空気をわずかにだが変えた。
シーラがまだ年若く、つい数ヵ月前まで宮廷とは無縁の生活をしていたことは皆が知っている。けれど、そんな未熟な少女が皇妃という立場を自覚し、皇帝を想って気丈に振る舞おうとしているのだ。その姿に心打たれた者も、少なくない。
こうして皇妃と宮廷官達が沈むばかりでなく前を向き始めた矢先――。アドルフ達の部隊が作戦場所に到着したという一報が、伝令の兵士によって宮殿に届けられ、帝国は歓喜と神への感謝に沸いたのだった。