ただいま冷徹上司を調・教・中!
次の日からの私はというと。
オイシイ関係を逆手に取ることもできず、平嶋課長を見る度にオタオタする始末だ。
朝から平嶋課長を見るとドキドキし、会社の電話も平嶋課長から掛かってくるかも知れないと思うと、受話器に手が伸びるのも自然と早くなる。
声を聞けば顔面が緩み、ついつい可愛らしい口調になってしまう。
恋って……。
好きな人がいるって……。
すっばらしー!
気を抜けば立ち上がって叫び出してしまいそうなくらいだ。
毎日が楽しくて嬉しくて輝いていて。
和宏からのプチストーキングも気にならないほどに浮かれていた。
『本当に申し訳ないけど、明日のデート、行けなくなった』
平嶋課長から、こんな電話をもらうまでは。
『例の総合病院が、大掛かりな院内移動をするんだ。日曜日に応援に駆り出されたんだよ。それに伴って土曜日班との引き継ぎのために午後から出勤になったんだ。俺は朝からいろいろと準備をしておきたくてさ』
平嶋課長が電話でそう言ったのは、金曜日の夜だった。
大きな総合病院の新館が完成し、大移動が始まったのは私も知っている。
診察のない土日を利用して移動するため、営業がお手伝いをすることは少なくない。
今までだって平嶋課長が手伝いに出ることは何度もあった。
なのに、だ。
何なのだろう、この燻る感情は。
「そうなんですね。私のことは気にしないでください。お仕事が第一なんですから」
明るい声を作ってそう言ったが、内心はモヤモヤしていた。
毎週デートするって言ったのに。
そんな思いが私の心に影を落としていく。
仕事だってわかってる。
仕事と私との約束、どっちが大切なの?なんて本気で思っているわけじゃない。
平嶋課長がどれだけ仕事を頑張っているか、大切にしているか、私が一番知っているはず。
『なのに』
そんなことを思う自分が何より一番嫌になる。
『ごめんな?久瀬が観たがってた映画は次回に行こう』
自分が悪いわけでもないのに、平嶋課長は私に何度も謝った。
「本当に気にしないでください。お仕事頑張ってくださいね!」
なんとか取り繕えているうちに通話を終えると、私はそのままスマホの電源を切る。
もうこの後、誰の声も聞きたくなかった。