マインドトラベラー
【黒き雷光④後編 バラッド:人格破壊少女の精神世界】

「あなたについては色々とご両親から聞いてます」
私は小石を拾い上げ、ゆっくり話しかけてみた

『彼らに悪気が無い事は十分解っているのだが
 彼らは私に何らかの病気の名前をつけたがる。
 それで自分の安心を確保しようとしてるのだ。
 私に向ける憐れみの視線はとても許せない』

それが彼女を治そうと奔走してきた者たちに
対して彼女が抱いてる素直な思いというわけだ。

逆恨みだといえるのか。私はそうは思わない。
人の心を病んでると、誰が判断出来ようか。

間尺に合わぬ人を見て病気と断じ、あまつさえ
治療と称して矯正を強いる輩に誠実に

応える義理などないはずだ。私はそれを述べてみた。
小石は少し震えつつ掌の上で転がった。

『あなたはやはり良い人だ。数日様子を見ていたが
 他の者とは違ってた。あなたの前なら私でも
 人間らしく振る舞える』

こうしてその後の数ヶ月、私は村に滞在し
主(あるじ)と対話し続けた。現実(うつつ)に戻ると日暮れ時。

ほとんど半日かけていた。飲まず食わずで数時間。
社畜時代を思い出す。定年過ぎてもこれではね。

バレたら孫に怒られる。ともあれ件の女の子、
ひとまず危険は立ち去った。告げれば両親深々と

頭を下げつつ涙する。
「あとはゆっくり休ませてあげて下さい。お大事に」 
挨拶そこそこ切り上げて、私はその場を立ち去った。

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ちょっと特殊なケースだが無事に完了した私。
休暇を取って温泉で一息つこうと思いつつ

旅行のパンフを見ていると、突然電話がいなないた。
『ウマの声ではやっぱ変? ウサギの声に変えようか
 ウサギはどういう鳴き声だ?』 などと考え巡らせて

電話をとるとMITA(マイタ)から。次の仕事の打診だった。
「先頃一つ片付いたばかりの私にまたですか?」

MITA(マイタ)も結構人使い荒いところがあるからな。
一応ごねてみせようか。最後は断り切れないが。

「それが名指しのご依頼で。是非とも雷光様にと」
「私も結構歳なので休暇を取ろうと思ってて...」
「それなら3日あげましょう。ジューゴくんなら特別に」
「その呼び方はご勘弁。1日あれば御の字です」
「よろしい。それじゃ明後日。
 MITA(マイタ)オフィスで会いましょう」

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休暇は家でごろ寝してあっと言う間に消え去った。
翌日私は決められた時刻通りにオフィスに

行けば私の担当のマーシャさんが待っていた。
MITA(マイタ)屈指のエイジェント。歳は若いが凄腕で

私もデビューして以来随分世話になっていて
いまだに頭が上がらない。私を「ジューゴ」と呼べるのは

世界で彼女ただひとり。ちなみにこれはデビューして
通り名のない新人を番号で呼ぶならわしが

MITA(マイタ)の中にあるためで、通り名がつくと削除され
二度と関わる事はない。親子以上の歳の差も

社畜時代に身についた年功序列の習慣で
彼女は私の大先輩。そう思わずにいられない。

「今日はあなたに会わせたい人がいるので呼びました」
小首を傾けにっこりと微笑む彼女にぞっとする。

こういう顔をする時は何か企んでいるはず。
絶対面白がってるな。でも私には逆らえぬ。

諦めながら頷くと、彼女は満面笑み浮かべ
私を部屋へと促した。そこにいたのはあの娘。

私を見るなり飛びついて我が胸元に頬ずりを
しつつ大きな声上げた。
「会いたかったの、らいこうさま!」

「その節はたいへんお世話になりました」
その傍に両親が深々頭を下げている。

二人は娘がおかしいの、何とも思ってないのかな。
前が前だしこんなでも元気になれば良いらしい。

いやいや、それよりマーシャさん。ニヤつく顔が恐ろしい。
「じゅーごくん、モテ期到来、うらやましい」

「そこ、言う事違うから。あんた、知っててこの話、
 こっちに回してきたんだな?」

「なんのことやら分かりません。私、お仕事してるだけ」
いきなりそっぽを向いてからちらりと一瞥、笑みこぼす。

やっぱり狙ってやっている。クライアントにゃ罪はない。
ここは暫く辛抱し丸く納めてこそプロだ。

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それにしても見違えた。2日前とは別人だ。
縋る様にしがみつく両手をやっと引き離し、

彼女と私の目が合った。ウチのシオンと同世代?
そこそこ可愛い顔立ちだ。とはいえシオンほどじゃない。

「なんか、ちょっと失礼な事を考えていません?」
少し眉間にシワ寄せて上目づかいに問いかける

仕草に孫を思い出す。それでもシオンが一番だ。
「なんか、悔しいです。私」 じんわり涙を浮かべてる。

なんで両親止めないか、見やればこちらも涙して
「こんなに感情表現が豊かになってくれるとは、、」

と、言葉もろくに出てこない。
『あのー、見るとこ違ってません?』

言いたい気持ちをぐっと抑え、私は彼女をひっぺがす。
「今日はどういうご用かな? 副作用でも出たのかな?」
少しかがんで目を合わせ、やっとの事で問いただす。

「もぅ少しあなたとご一緒に過ごせる時が欲しいのです」
「はぁ」 私にゃピンとこない。

「今のままではもう一度奈落の底に落ちそうで」
急に彼女は青ざめて小さく震えてうつむいた。

「どうぞ、お願い致します。後続メンテという事で、
 専属契約してください。勿論その間報酬は
 全面的に保証します!」
この両親は親馬鹿か。それとも負い目がありすぎて
娘に我が儘し放題させているのか、どちらでも
私を巻き込むなと思う。思うが言えるわけもなく、、、

「おまかせください。必ずやお嬢様をお護りし
 自立させてみせますとも」
にっこり笑って胸を張り、ぽんと叩くと両親は
土下座しそうな勢いで頭を下げて唱和した。
「ありがとうございます!」

「といったわけだから、じゅーごくんはこれから1年は
 この仕事だけしてちょうだい」
マーシャさんから宣告が下され、私の運命が
決まった瞬間のことだった。

MITAが用意した場所で、アフターケアの名目で
私と彼女は会うのだが、毎回レポート提出が

両者の果たす義務となる。

そのあと色々ありまして。あっという間に3年の
時が過ぎ去り、かの少女、今や齢(よわい)も15歳。

かくて前章冒頭の場面につながる事になる。

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