マインドトラベラー
【黒き雷光⑮ バラッド:ナナの過去】

いくつかの本格的なトラベルを終えると、ナナは休みを
取らされた。彼女にはまだ専属のクライアントも
いないので、追加の休みがどうしても多くなるのだ。

雷光は社畜だった過去を持つ。部下には絶対残業させる
事はなく、定時上がりは当たり前。あっという間に
いなくなる。ナナには少し残念な上司であった。

雷光と一緒にいたい。それだけが彼女の望み。
本人に直接言った事もある。だが駄目だった。
それはそれ。仕事は仕事。割り切って臨むしかない。

三日もの休みが明けて出社したナナに早速
雷光が話を振った。ぼそぼそと語り始めた。

 「新しい案件が来た」
 「おじさんと一緒に行くの?」

雷光は静かにうなずく。
それを見てナナは小さくガッツポーズ。

 「やた」
 「随分と元気がいいな」
 「そりゃあもう、嬉しいですよ。おじさんと一緒ですから」
 「そうなのか?」
 「そうですよ」

今日は、先ずクライアントに会いに行き、様子を確認。
何よりも大事な事は経験を積んでいくこと。
少しでも追いつきたいと思うだけ。それが全てだ。
彼女にはただそれだけが自らの存在理由。
その為に何をするにも躊躇いがあるはずが無い。
そのナナが少し前からそわそわと落ち着きがない。
出発の前の元気は消し飛んで実に静かだ。
名前から、彼女は思い出していた。クライアントを
知っている。彼女は確かにそう思う。その内容は
分からない。恐らくそれは幼き日、辛い記憶と
共にある。思い出したくない記憶。言葉と物理の
暴力で私の心を追いやった。自殺の淵へと。

雷光に引率されて、対面だ。クライアントに。
その顔に見覚えがある、と感じたナナだった。
年代は同じ位の女性だが、既視感を覚えてしまう。
表情が憔悴しきっている事に少しばかりの
違和感を覚えたナナは、雷光に小声で話す。

 「私、この人知ってます。詳しくはわかりませんが」
 「見覚えがあるのかな? いつ頃の記憶なのかは、、、」
 「分からないです。いつ、どこで会ったのか、、、」
 「そのうち、思い出す事もあるだろう。今はこのまま
  進もうか。かまわないかね?」
 「はい」 ナナは小さく頷く。

目の前のクライアントは、俯いてナナの様子も
気にかけず憔悴しきっている様だ。理由は不明。

 『これ以上話を引き出せそうもない。少し休むか』

雷光はクライアントに休憩を告げて静かに
立ちあがる。視線を受けてナナもまたその後を追う。
面談を終えた二人は別室で打ち合わせ中。

 「私にも忌むべき歴史はあります。恐らくそれに
  関係があるんじゃないかと思うのです。具体的には
 私にも分かりませんが。何となく感じるのです」
 「それもまた、全部まとめて解決をもたらす事も、
  我々の責務の内だ。今はただ忘れなければ
  それで良い。無理しなくてもそのうちに道は開ける」

ナナが言う忌むべき歴史が雷光とナナを会わせた。
その結果、目標を得た。懸命に努力を重ねた。
努力して、10年を経て雷光にたどり着いたのだ。

それ故に、彼女は思う。辛くても消し去る事は
出来ないが、向き合い直しなら出来る。やり直せる、と。
一方で辛い記憶の原因を作ったはずの
人物が、今目の前で苦しんでいるが嘲(あざけ)る
気も起きず、もはやどうでも良いとさえ考えていた。

 『彼女にはいなかったんだ。おじさんが。私は違う』

それだけが心の発した声だったのだ。

辛い時 悲しい時に思い出す
 あの人の影 リンドウの花

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