マインドトラベラー
【黒き雷光⑯ バラッド:通過点】

面談を進めてみると色々と事情が見えた。
今回のクライアントは幼少時、ナナを虐めた
者たちの一人に違いなかったが、今度は自分が
被害者になってしまった。というのが大筋だった。

職場では彼女を総出で苛め抜き、愉しんでいた。
嫌がらせ、八つ当たりなど息をつく暇もない位
浴びせかけ、業務に支障を出させては彼女のせいに
してしまう。クライアントはその昔自分がナナに

した事は覚えていない様だった。自分が何で
標的になっているかは分からない。はたから見ても
理由などある分けもなく、惨状が続くばかりだ。
この時代、こんな事案は言うならばよくある事だ。

ボソボソと話を続ける依頼人。項垂れている。
雷光は淡々とした面持ちで聞き入っている。
彼を見てナナは気づいた。
 『おじさんは、私の時もこうだった。
  淡々として、つかず離れずで、、』

寄り添うと称して、心理的距離を詰めようとする
者がいる。トラベラーにはあり得ない。無駄でしかない。
心理的距離とは、そんな方法で詰まるものでは
ないものだ。心に傷を負いながら生きる者には、
他人との接触自体が苦しみになる事もある。

その事をどこまで知ってか雷光はただひたすらに
聞き役に徹しているかの様だった。しばらくそれを
見ていたが、ナナは突然違和感に襲われ思わず
雷光の横顔を見てハッとする。彼の両目は
閉じられてじっと何かを待つ様子。沈黙の時。

恐らくは十秒余りの事だった。ナナは見た。
徐々にだがクライアントの表情が安らいでいく。
雷光の様子に変化は見られない。ナナは悟った。
雷光は特殊な事はしていない。むしろなんにも
しないこと。それこそ彼の為した事。真実なのだ。

彼女には過去の記憶を取り出してとやかく言う気は
無かったが、いじめ被害の体験を通過点だと
割り切って、クライアントの言い分に同情する気もまるで無く、
ただ冷ややかにそこにいるだけなのだった。
あの日々は、ナナにとっては他人事に等しかった。

その事をナナはちょっぴり誇らしく思うのだった。
 『いつまでも弱いままではおじさんの横に立てない』
ナナ自身、それは十分理解して努力してきた。
過去は過去。通過点だと割り切って未来を目指す。
帰り道、ゆっくり歩く雷光にナナは並んで歩く。

雷光は、ナナの頭に手を置いてぐりぐり撫でた。
 『珍しい』 ナナは思った。
雷光は静かに言った。
 「ごくろうさん。よく頑張った」
 「え?」 その時 初めて気付く。はらはらと流れる涙。
雷光の手のぬくもりが柔らかくナナを包んだ。
手が止まり、離れようとした時にナナは俯き、
 「もうすこし、このままでいて、、」 絞り出す声が震えた。
もう一度歩き出すまで、数分の経過を待った。
そのあとは、交わす言葉も無いままにオフィスに戻る、

出迎えたアシスタントにねぎらいの言葉を貰う。
三人でゆったり過ごす束の間の休憩時間が
終る時、ナナはすっかり復活しいつもの様に
振る舞った。雷光もまたマイペース。
日常の中、よくある場面。

 市芝(いつしば)の何時かは過ぎる通過点
  目指すは遥かその先の夢

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