マインドトラベラー
【黒き雷光④前編 バラッド:人格破壊少女の精神世界】
私はマインドトラベラー。今日も仕事で「ここ」にいる。
我が目の前に座している娘が一人にこやかに
出された紅茶を飲みながら私に微笑みかけてくる。
こうしていれば孫の様。別段変わった事もない。
彼女を治療した時の記憶は未だ鮮明だ。
当時の彼女は12歳。人格破壊は凄まじく、
精神世界もぼろぼろでどこから手をつけたら良いか
判断できない程だった。とはいえそれは傷跡が
精神世界に残ってて直ちに癒しが必要だ
言われる様な事ではい。精神世界はイメージが
象徴的に混じり合う。その内容は人により
違ってくるのは当たり前。トラベラーにはどのような
縛りで出来た世界かを素早く判断する事が
旅の最初に必要だ。特徴的な存在がどんな精神世界にも
どこかに見られるはずなのだ。
彼女の場合、世界には何の波乱も伺えず、
平和でのどかな風景が、延々と続くだけだった。
陽が穏やかに照らしだす緑の原野が美しい。
静かな街に人々の視線は優しく朗らかだ。
来訪者にも親切に話しかけてきたりする。
今までどんな療法も壊滅的な状態と
判断しては匙を投げ、挙句は怒りを向けられて
かの両親も弱り果て、MITA(マイタ)の扉を叩いたが
ここでも最初、失敗し、私にお鉢が回された。
そしてさっきの風景だ。余りに平和で何もない。
どんな手出しも不可能だ。これじゃ最初の者もまた
諦めざるを得ないだろう。私も最初、思ったが
どうにも感じる違和感を拭い切れずに考えた。
----
精神世界は、あくまでも象徴的な存在だ。
見えてる通りの物でない事も、普通にあるはずだ。
通常は傷つけられた魂は自分の保存を試みる。
険しい山や深い森、暗い地の底、塔の上。
人には到達不可能な場所にひっそり隠れ棲む。
己の世界でありながら、存在自体をひた隠す。
精神世界の住人は主(あるじ)が存在しないかの
如くに振る舞うものなのだ。それが即ち本人の
「放っておいてくれ」願望。世界と接触したくない
自己保存だけを考えた末の結果というものだ。
傍から見れば「わたくしはここに居ます」と声上げて
助けを待っている様な、分かり易い世界だが、
それでもそれで中々に、主(あるじ)に到達するまでは
長い旅路が必要だ。世界の中には敵もいて
来訪者には容赦ない。直接攻撃する奴も、
味方のふりして騙す奴、言葉巧みに誘導し
諦めさせて追い払う奴もいるから要注意。
世界自身も懸命に、主(あるじ)を護って演技する。
精神世界はこのように主(あるじ)の保存が主目的。
来訪者には、真実を見せない様に動くのだ。
----
彼女の場合、あまりにも自己を傷つけられすぎて
逆にすべてが平穏で「らしい」物が見当たらない。
余りに平和で穏やかでとっかかりすら掴めない。
世界の主がどのような姿をしているのかさえも
知るよしもなく、とぼとぼと歩き続ける他はない。
表面上はこの娘、人事不能になっていて
あらゆる対話は不成立。精神世界もこの様(さま)じゃ
手の施し様がないだろう。誰がやっても失敗を
するしかないのは明白だ。。。私以外の者ならば。
『私を誰だと思ってる? 甘く見ないでもらいたい』
心密かに燃え上がる闘志を胸に歩きだす。
精神世界の長旅はまだまだ続く様だった。
----
旅を始めてどれ位経ったか記憶は不確かだ。
精神世界にいる時は時間経過はまちまちで
数年過ごした場合でも、リアルに戻れば数分の
事すらあるし、その逆に、10分程度の滞在で
半日潰す事もある。そんな事よりとっかかり。
どこから手をつけ始めるか。そろそろ答えを出そうかと
もうひと思案していたら不意に裳裾を掴まれた。
見ればひとりのおさな児が私をじっと見上げてる。
見た目は人ではない様子。背丈は低いが成人だ。
私は屈んで眼を合わせ、「どうしたのかな?」と聞いてみた。
相手は裳裾を掴んだままで「見てもらいたい物がある」
とかすれた声で呟いた。男女の別は分からない。
大きなフードを被ってて、目元以外は隠されて
眼光鋭く他で見た住人たちとは大違い。
時間経過の効果だな。思って相手をじっと見る。
「わかった」大きく頷いた。
相手はやんわり目を細め裳裾をぐいと引っぱった。
私はゆっくり立ち上がり、引かれるままに従った。
空はあくまで蒼く澄み。白雲ひとつ浮かべてる。
広い原野を突っ切ると小さな村が見えてきた。
píng yuán zhòu jìng yě huā xiāng ,
平原昼静野花香,
jué jǐng fēng guāng mèng yī chǎng 。
绝景风光梦一场。
jì mò yóu rén qiān lǐ lǚ ,
寂寞游人千里旅,
qīng fēng wàn lǜ bái yún xiāng 。
清风万绿白云乡。
平原昼静かにして野花香(やか、かんば)し
絶景、風光、夢一場
寂寞(じゃくばく)の遊人、千里の旅
清風、万緑、白雲の郷(はくうんのさと)
----
村には爽風吹き渡り見た目は平穏そのものだ。
村人たちも穏やかで静かな笑顔を向けてきた。
私を連れてきた者はフードをとると改めて
私の方をじっと見る。成人女性の顔だった。
彼らは多分小人族。いわゆるドワーフなのだろう。
世界に居るという事は主(あるじ)に何かの役割を
与えられたに違いない。種族も個人も象徴だ。
その裏にこそ真実が隠されているはずなのだ。
「ついてきてくれ」 前よりは、はっきりした声で言う女。
「わかった」 私もにっこりと笑って返事を返したが
眉ひとつさえ動かさず彼女は先に歩き出す。
慌てて後をついてゆく。しばらく行くと立ち止まる。
大きな館の前だった。必要以上に大き目の
その館にはヒトがいた。窓からこちらを見る男。
こちらを見ると会釈した。どうやら用があるらしい。
ドアが開いて中からは男が出てきて切り出した。
「ようこそ。お待ちしておりました」
私が来るのを待っていた? 私が誰か知っている?
言葉使いは丁寧だ。しかし口調は冷静だ。
人間らしさを感じない。主(あるじ)をこんな状態に
陥らせたのが外界の人間たちと知ればこそ
恨みに思わぬ分けがない。いじめを犯した本人も、
見て見ぬふりの多数派も、同情示す偽善者も、
主(あるじ)にとってはただの敵。何も出来ない両親も
信頼するに当たらない。物言わぬ身になりながら
主(あるじ)がようやく安住の場所としたのがこの世界。
そこに突然現れて旅を始めた来訪者。
今まで様子を見ていたが、特に害意は無さそうだ。
そう判断し、接触を試みてきたのがこの守護者。
精神世界につきものの、ガーディアンの登場だ。
そう判断した私には抗する術はもはや無い。
相手の出方を伺って黙っていると、彼は言う。
「あなたには力があるとお見受けします。
僅かでもお貸しくださると嬉しいです」
「私などいかほどの事もかないませんが、
それで尚、お求めならばいかようにでも」
形通りの返事を返し深く一礼してみせた。
それからしばらく話し込む。守護者が納得してからは
事はすんなり進み行き、私は主(あるじ)に会う事を
許され居場所に通された。普通の主(あるじ)は世界でも
城や館に住んでいて多くの者に守られて
滅多な事では姿すら見る事などは出来ないが、
稀ではあるが平民や小動物になりすまし
注目されずに済む様に振る舞う者もたまにいる。
だがこの主(あるじ)、どちらとも違う姿で現れた。
案内されたその場所は村をはずれてすぐにある
小高い丘の上だった。建物らしき物はない。
「ここに主(あるじ)が?」 いるのかと、思わず口に出していた。
『よくぞ来られた、旅人よ』 頭の中に声がする。
私と同じ年代か。老いた男の声だった。
しかしどこにも姿無く、きょろきょろ周囲を見回すと
『ここだ。あなたの足元だ』
精神世界の主(あるじ)なら、歳や性別無関係。
どんな姿でいようとも驚く事はなかったが、
見れば普通の石ころだ。思わずまじまじ見ていると、
『そんなに見つめてくれるな』と恥ずかしそうな声がした。
やはり主(あるじ)はこの石だ。どうやら間違いないらしい。
私はマインドトラベラー。今日も仕事で「ここ」にいる。
我が目の前に座している娘が一人にこやかに
出された紅茶を飲みながら私に微笑みかけてくる。
こうしていれば孫の様。別段変わった事もない。
彼女を治療した時の記憶は未だ鮮明だ。
当時の彼女は12歳。人格破壊は凄まじく、
精神世界もぼろぼろでどこから手をつけたら良いか
判断できない程だった。とはいえそれは傷跡が
精神世界に残ってて直ちに癒しが必要だ
言われる様な事ではい。精神世界はイメージが
象徴的に混じり合う。その内容は人により
違ってくるのは当たり前。トラベラーにはどのような
縛りで出来た世界かを素早く判断する事が
旅の最初に必要だ。特徴的な存在がどんな精神世界にも
どこかに見られるはずなのだ。
彼女の場合、世界には何の波乱も伺えず、
平和でのどかな風景が、延々と続くだけだった。
陽が穏やかに照らしだす緑の原野が美しい。
静かな街に人々の視線は優しく朗らかだ。
来訪者にも親切に話しかけてきたりする。
今までどんな療法も壊滅的な状態と
判断しては匙を投げ、挙句は怒りを向けられて
かの両親も弱り果て、MITA(マイタ)の扉を叩いたが
ここでも最初、失敗し、私にお鉢が回された。
そしてさっきの風景だ。余りに平和で何もない。
どんな手出しも不可能だ。これじゃ最初の者もまた
諦めざるを得ないだろう。私も最初、思ったが
どうにも感じる違和感を拭い切れずに考えた。
----
精神世界は、あくまでも象徴的な存在だ。
見えてる通りの物でない事も、普通にあるはずだ。
通常は傷つけられた魂は自分の保存を試みる。
険しい山や深い森、暗い地の底、塔の上。
人には到達不可能な場所にひっそり隠れ棲む。
己の世界でありながら、存在自体をひた隠す。
精神世界の住人は主(あるじ)が存在しないかの
如くに振る舞うものなのだ。それが即ち本人の
「放っておいてくれ」願望。世界と接触したくない
自己保存だけを考えた末の結果というものだ。
傍から見れば「わたくしはここに居ます」と声上げて
助けを待っている様な、分かり易い世界だが、
それでもそれで中々に、主(あるじ)に到達するまでは
長い旅路が必要だ。世界の中には敵もいて
来訪者には容赦ない。直接攻撃する奴も、
味方のふりして騙す奴、言葉巧みに誘導し
諦めさせて追い払う奴もいるから要注意。
世界自身も懸命に、主(あるじ)を護って演技する。
精神世界はこのように主(あるじ)の保存が主目的。
来訪者には、真実を見せない様に動くのだ。
----
彼女の場合、あまりにも自己を傷つけられすぎて
逆にすべてが平穏で「らしい」物が見当たらない。
余りに平和で穏やかでとっかかりすら掴めない。
世界の主がどのような姿をしているのかさえも
知るよしもなく、とぼとぼと歩き続ける他はない。
表面上はこの娘、人事不能になっていて
あらゆる対話は不成立。精神世界もこの様(さま)じゃ
手の施し様がないだろう。誰がやっても失敗を
するしかないのは明白だ。。。私以外の者ならば。
『私を誰だと思ってる? 甘く見ないでもらいたい』
心密かに燃え上がる闘志を胸に歩きだす。
精神世界の長旅はまだまだ続く様だった。
----
旅を始めてどれ位経ったか記憶は不確かだ。
精神世界にいる時は時間経過はまちまちで
数年過ごした場合でも、リアルに戻れば数分の
事すらあるし、その逆に、10分程度の滞在で
半日潰す事もある。そんな事よりとっかかり。
どこから手をつけ始めるか。そろそろ答えを出そうかと
もうひと思案していたら不意に裳裾を掴まれた。
見ればひとりのおさな児が私をじっと見上げてる。
見た目は人ではない様子。背丈は低いが成人だ。
私は屈んで眼を合わせ、「どうしたのかな?」と聞いてみた。
相手は裳裾を掴んだままで「見てもらいたい物がある」
とかすれた声で呟いた。男女の別は分からない。
大きなフードを被ってて、目元以外は隠されて
眼光鋭く他で見た住人たちとは大違い。
時間経過の効果だな。思って相手をじっと見る。
「わかった」大きく頷いた。
相手はやんわり目を細め裳裾をぐいと引っぱった。
私はゆっくり立ち上がり、引かれるままに従った。
空はあくまで蒼く澄み。白雲ひとつ浮かべてる。
広い原野を突っ切ると小さな村が見えてきた。
píng yuán zhòu jìng yě huā xiāng ,
平原昼静野花香,
jué jǐng fēng guāng mèng yī chǎng 。
绝景风光梦一场。
jì mò yóu rén qiān lǐ lǚ ,
寂寞游人千里旅,
qīng fēng wàn lǜ bái yún xiāng 。
清风万绿白云乡。
平原昼静かにして野花香(やか、かんば)し
絶景、風光、夢一場
寂寞(じゃくばく)の遊人、千里の旅
清風、万緑、白雲の郷(はくうんのさと)
----
村には爽風吹き渡り見た目は平穏そのものだ。
村人たちも穏やかで静かな笑顔を向けてきた。
私を連れてきた者はフードをとると改めて
私の方をじっと見る。成人女性の顔だった。
彼らは多分小人族。いわゆるドワーフなのだろう。
世界に居るという事は主(あるじ)に何かの役割を
与えられたに違いない。種族も個人も象徴だ。
その裏にこそ真実が隠されているはずなのだ。
「ついてきてくれ」 前よりは、はっきりした声で言う女。
「わかった」 私もにっこりと笑って返事を返したが
眉ひとつさえ動かさず彼女は先に歩き出す。
慌てて後をついてゆく。しばらく行くと立ち止まる。
大きな館の前だった。必要以上に大き目の
その館にはヒトがいた。窓からこちらを見る男。
こちらを見ると会釈した。どうやら用があるらしい。
ドアが開いて中からは男が出てきて切り出した。
「ようこそ。お待ちしておりました」
私が来るのを待っていた? 私が誰か知っている?
言葉使いは丁寧だ。しかし口調は冷静だ。
人間らしさを感じない。主(あるじ)をこんな状態に
陥らせたのが外界の人間たちと知ればこそ
恨みに思わぬ分けがない。いじめを犯した本人も、
見て見ぬふりの多数派も、同情示す偽善者も、
主(あるじ)にとってはただの敵。何も出来ない両親も
信頼するに当たらない。物言わぬ身になりながら
主(あるじ)がようやく安住の場所としたのがこの世界。
そこに突然現れて旅を始めた来訪者。
今まで様子を見ていたが、特に害意は無さそうだ。
そう判断し、接触を試みてきたのがこの守護者。
精神世界につきものの、ガーディアンの登場だ。
そう判断した私には抗する術はもはや無い。
相手の出方を伺って黙っていると、彼は言う。
「あなたには力があるとお見受けします。
僅かでもお貸しくださると嬉しいです」
「私などいかほどの事もかないませんが、
それで尚、お求めならばいかようにでも」
形通りの返事を返し深く一礼してみせた。
それからしばらく話し込む。守護者が納得してからは
事はすんなり進み行き、私は主(あるじ)に会う事を
許され居場所に通された。普通の主(あるじ)は世界でも
城や館に住んでいて多くの者に守られて
滅多な事では姿すら見る事などは出来ないが、
稀ではあるが平民や小動物になりすまし
注目されずに済む様に振る舞う者もたまにいる。
だがこの主(あるじ)、どちらとも違う姿で現れた。
案内されたその場所は村をはずれてすぐにある
小高い丘の上だった。建物らしき物はない。
「ここに主(あるじ)が?」 いるのかと、思わず口に出していた。
『よくぞ来られた、旅人よ』 頭の中に声がする。
私と同じ年代か。老いた男の声だった。
しかしどこにも姿無く、きょろきょろ周囲を見回すと
『ここだ。あなたの足元だ』
精神世界の主(あるじ)なら、歳や性別無関係。
どんな姿でいようとも驚く事はなかったが、
見れば普通の石ころだ。思わずまじまじ見ていると、
『そんなに見つめてくれるな』と恥ずかしそうな声がした。
やはり主(あるじ)はこの石だ。どうやら間違いないらしい。