TOO MUCH PAIN
その後のことはよく覚えていなかった。

ただひたすら働いて、何も考えないまま仕事に没頭していた。


泣く暇なんてないぐらい忙しくて、数日が過ぎるとやっと明日は休みだと思って、鉄さんの店にのみに行くことにした。



「どうした?リンダ。」

いつものようにカウンターに座って黙って焼酎のロックを呑んでいると、鉄さんは気にして声をかけてくれる。


「エイジに彼女できたっぽいよ…」


それだけポツリと言うと、ほんとかよって笑っている。


「それってちゃんと聞いたのか?」


そういえばあれからちゃんと話してないなとぼんやりと思う。


「お前なんでいわねーの、あいつにちゃんと好きだって。」

そんなの言えるわけないよ・・・ずっと嘘ばっか言ってきたんだもん。


「だってずっと勘違いしたまんまだもん、いまさら言ったってしょうがないよ。」



ずっとしょげている私に、鉄さんは大好きな卵焼きを焼いてサービスだって出してくれた。

出汁がきいていてほろ甘いその卵が、何だか少し気を紛らわしてくれる。



「お前らさ、ちゃんと話したりしてないだろ。何でも言わなくても分かり合えるなんて、幻想だからな。」


「鉄さんとこは、一緒に住んでないのに、ちゃんと満さんと話したりしてるの?」


ふと気になってそんな風に聞いてみると、当たり前だろって笑って言われる。



「夫婦ってさ、努力しないとダメなんだぜ。ちゃんと色々と必要なことは話し合ってさ、お互い尊重しあってなきゃいけないんだよ。結構大変だぞ・・・」


ただ好きだって気持ちだけじゃやっていけないんだと、鉄さんはやたら熱く語ってくれる。


そうか、ずっと初めての人と一緒にいるって言うのは、そういう努力が必要なんだな・・・


私は鉄さんの、そういうところを尊敬していた。
絶対に浮気をしない男性って、この世にいるんだって初めて知ったから。



「もうすぐうちらのライヴもあるからさ、気晴らしにまた来いよな。」


鉄さんは仕事が忙しいから、月に一度ぐらいしかライヴがないって事を思い出す。



あのライヴを見るまでは死ねないな・・・なんて毎回思いながら生き繋いでいる・・・




「まだ彼女だかわかんないんだろ?ちゃんと伝えてやんなきゃ、あいつも救われねーぞ・・・」

鉄さんは最後にそんな風に言って私を慰めてくれた。


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