真夜中だけは、別の顔
翌朝目覚めると、決まって伊吹は一人だ。
夢を見ていたのだろうか。彼が自分のベッドに潜り込んで来るようになってからというもの、目覚めるたびにそう思う。
伊吹はゆっくりと身体を起こし、ベッドから抜け出るとボサボサのショートヘアをかき上げながら部屋を出る。
バタン。とバスルームの開閉音が聞こえ、上半身裸のまま腰にバスタオルを巻き付けた綺麗な男が身体に水を滴らせたままひょっこりと顔を出した。
「お。はよー」
「早いね。てゆーか、晴太《はるた》ちゃんと拭いて出なよ。床ビチャビチャになるから」
「ははっ。悪い悪い」
「ほらぁ! 言ってる傍から!」
晴太が立っているフローリングの床がに水が滴っている。
「拭く拭く。あとで」
白い歯を見せ、屈託のない顔で笑うこの男は朝田晴太《あさだはるた》。伊吹の同居人だ。
明るいアッシュブラウンのクセ髪に、どちらかといえば色白な部類の肌。どこか涼し気で、異国風の整った顔立ちの綺麗な男。
彼と一緒に住み始めてそろそろ一年。学生時代、一人暮らしをしていたアパートの隣室でボヤがあり、急遽新しい住む場所を確保しなくてはならなくなった伊吹に、当時わりと仲のいい部類のバイト仲間だったこの男が言ったのだ。『うち、来る?』と。
「なに。今日朝からバイト?」
「いんや。ガッコ。単位やべーの」
「そりゃ大変。あ、ちょっとどいて。私、顔洗うから」
「おお。ごめん」
狭い洗面所。慣れた動作で互いの場所をスイッチ。伊吹が顔を洗う背後で晴太がタオルを洗濯籠に放り投げた。
「床。拭いてないでしょ?」
「なんか、かぁちゃんみたいだな」
「こんなデカイ子供持った覚えはないよ。お互い快適に過ごす為の最低限のルールは守れって話でしょう?」
「怖ぇえなー、ブッキーは」
「ブッキー言うな」
「はいはい。ごめんね、イブちゃん」
これ。一応年頃の男女の会話。
色気ナシ。甘さ皆無。それは自分たちが“トモダチ”だから。