真夜中だけは、別の顔

「俺、今日バイトのあとデートだから帰らない。戸締り忘れんなよ?」
「うん。了解。昴《すばる》さんとこ、泊まんの?」
「明日休みなんだってさ。久々ゆっくりできる」
「ふーん。相変わらずお熱いことで」

 晴太には恋人がいる。──男の。
 伊吹が晴太が、“そう”だと知ったのはまさに同居を始める一年前。
『うち、来る?』のあとについて来た言葉が『俺、ゲイだからソッチ方面安心よ?』というオマケだった。

 同性愛者《ゲイ》が珍しい世の中じゃない。
 ただ身近に“そういう”人間がいなかったという意味で免疫がなかった伊吹はその言葉に一瞬面食らった。──が、当時行くあてもなく藁にもすがりたいある意味極限状態だった伊吹はその誘いをあっさり受けた。
 もともと晴太は、友人とルームシェアをしていた。その友人が数ヶ月前に部屋を出て、新たな同居人を探していたところに急に部屋探しをしなくてはならなくなったバイト仲間、──それが伊吹だった。

 なぜ、晴太が女の伊吹に同居人として声を掛けたのか。
 聞いてみたことがある。

『や。ブッキーとは、どう間違ってもそういうことになんねー気がしたし。……まぁ、行くトコねーのかわいそうだし?』

 というのが彼の答えだった。
 
 昔から男勝りでサバサバとした性格。男友達も多いほうだった。
 当時のバイト先のレンタルビデオ屋でも一番に仲良くなったのは男の子だったし、それ繋がりで仲良くなったのが晴太だった。
 
『あ。ブッキー。同居の条件、一コだけあんだけど』

 トントン拍子で決まった同居。最後、晴太が確認するかのように訊ねた。

『俺のこと。男として好きになんないでね?』

 ──なるかっ!! と咄嗟に爆笑付きで返した言葉。
 胸の奥がほんの少しだけムズムズしたのは、すでに晴太のことをちょっといいなー、程度に好意を持っていたから。
 ただ……所詮はちょっといいなー、程度の好意。気のせいだったと忘れてしまえばべつに気になることもなく、晴太の同居の条件を受け入れ、そこそこ快適に過ごして来て今に至る。


 

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