真夜中だけは、別の顔
「今夜くらいは、男連れこんでもいいよ?」
着替えを済ませ、玄関で靴ひもを結び、晴太がニヤと笑いながら言った。伊吹は壁にもたれながその背中を見つめ、呆れたように息を吐く。
「……喧嘩売ってんの? 連れこむ男なんかいないの知ってるくせにー」
「ははっ。色気を出せ、色気を」
「どうやったら出んのー? 自分で乳とか揉めばいいわけ?」
「知らんけど。イブちゃん素材は悪くないのにこのまま枯れるとか気の毒」
「……枯れるとか、気の毒とか言うな」
伊吹は不満げに唇を突き出した。
「んじゃ、行ってくる。さっきのはまぁ冗談として。マジ戸締り忘れんな?」
靴を履き終え、振り返った晴太が伊吹のボサボサの髪をさらにグシャグシャとかき混ぜた。
「分かってるってば。子供じゃないんだからー」
「なんか。兄貴の気分なのよ」
「こっちは毎日オカンの気分だっつーの。つか、晴太さっきの床拭いた?」
「拭いた拭いた」
「あー。拭いてないんでしょ? その口調~~~!!」
「行ってくるー。イブちゃんも仕事遅れんなよ?」
そう言われてハッとした。
「あ。ヤバッ!!」
パタン。とドアの閉まる音。遠ざかる晴太の足音。洗面所の床には雑にではあるが、一応濡れた床を拭いたと思われる形跡が残っていた。
伊吹は慌てて着替えを済ませ、メイクに取り掛かる。
晴太は覚えていない。
昨夜のように時々伊吹のベッドにもぐりこんで来ることも、その温かな手で直に伊吹の肌に触れていることも。
「……なーにが、安心だ、よ」
ゲイのくせに。
男が──、昴さんが大好きだというくせに。
どうしてあんなふうに抱きしめたりするのだろうか。