真夜中だけは、別の顔
“それ”が始まったのは、ここ半年くらいの事。
最初はただただ驚いた。驚き過ぎて、身動きどころか呼吸も危ういくらいだった。
ふと夜中に目覚めたとき、背後にひと肌のぬくもりを感じ、勇気を出して振り向いたその先には晴太の寝顔があった。
その時の晴太は、一瞬でわかるほど強いアルコールの香りを纏っていて、伊吹はそこから導き出せる自分で一番納得できる答えを探した。
そう。晴太は、酒に酷く酔っていた。
帰って来たのは深夜、酔って部屋を間違えることくらい──あるかもしれない、と。
納得できる答えに辿り着くと、急に気がラクになった。ただ伊吹の身体を抱え込むように背後で静かな寝息を立てている晴太を起こしてしまうのがかわいそうな気がして、そのままにした。──それだけ。
そもそも、晴太はゲイだし。何度か顔を合わせたことがある昴さんという素敵な彼氏がいるわけだし。
酒に酔ったくらいで、その性癖が覆《くつがえ》るとも思えない。
ただ、うっかり部屋を間違ってしまっただけだ。
事実、伊吹の部屋と晴太の部屋は隣り合わせ。ドアの色もその形状も全く同じ。酔っていれば見間違えることだってあるだろう。
「……けどなぁ、」
仕事の休憩時間。職場は大型ショッピングモールの輸入雑貨を扱うテナント店。屋上が小さな庭園のような造りになっていて過ごしやすい季節にはよくここの屋上で昼食取る。
手作りのおにぎりを口に運びながら、伊吹は空を見上げ独り言のように呟いた。
「覚えてないんだよね。一切……」
晴太は何も覚えていない。
そういうことのあった翌朝、伊吹が目覚める頃にはベッドの中に晴太の姿はない。大抵は自室に戻って寝ているようだ。しばらくして起きて来た晴太と顔を合わせても、至って普通。まるで何もなかったかのように。
それは、これまでの間ずっと。