真夜中だけは、別の顔
「お疲れ様です」
「あ。お疲れさまでーす。お先でーす」
仕事を終えすれ違う顔見知りのスタッフたちと挨拶を交わし、まるで迷路のようなバックヤードを抜け、従業員通用口へと向かう。
「あれ。本宮《もとみや》さん?」
背後から声を掛けられ振り向くと、そこにはスーツ姿の上司の姿。彼はうちの店のエリアマネージャー。
月に何度か隣県にある本社から臨店に訪れる。彼は三輪健介《みわけんすけ》。二十八歳、独身。社内で評判の有能な社員。
短く借り上げられたコシの強そうな真っ黒な髪に日に焼けた素肌。笑ったときの白い歯がとても印象的で、紺色のスーツが良く似合う。
「お疲れ様です。三輪マネージャーも今お帰りですか?」
「ああ、うん。本宮さんってさ、下の名前なんだっけ?」
「……伊吹、ですけど」
「ああ。それで“ブッキ”ーか」
「え。何ですか?」
「や。沼田店長がたまに“そう呼ぶから気になってて」
「ああ。なるほど」
有能な上司と言っても三輪は気さくで話しやすい。人柄も良く、見た目も悪くない。当然スタッフからの受けも良く、上司としては完璧だ。
「仕事、慣れた?」
「はい。それなりに……なんて言ったら沼田店長に怒られるかもしれないですけど」
「いやいや。入社半年だろ? 一通りの事出来て来る頃だからさ、仕事もそこそこ楽しくなってくる頃じゃない?」
「ああ、はい。仕事は楽しいですよ?」
「なら良かった。遅番ときは悪いな。家帰るのけっこう遅くなんだろ?」
「──いえ。仕事ですから。覚悟して入りましたし」
「そっか。本宮さんはこれから帰ってメシ?」
「はい。今日はちょっと手抜きしてその辺で買って帰るつもりです」
「お。──てことは一人暮らしか。じゃあ、このままメシ付き合わない? 奢るし」
思いがけない誘いに驚いていると、三輪さんが「あ」と少し気まずそうに顔を歪めた。
「あー、悪い悪い。上司とメシとか気ぃ進まないよな。一人飯ってなんか味気ねーから、ついな」
「いいですよ。私でよければ是非。……何食べます?」
断わる理由は何もない。伊吹は現在フリーで、誘ってくれたのは歳の近い感じのいい上司で。
普段からよく行く友達との食事が、今夜はたまたま職場の上司にスイッチしただけのこと。