誓約の成約要件は機密事項です
アプリに届けた連絡先を確認してから、涼磨はアクセルを踏んだ。車は、地下一階の駐車場から急なスロープを抜け、車道に出る。

――あ。運転うまい。

急な上り坂から車道に出なければならないため、普通ならかなり車が揺れるはずだ。それなのに、涼磨の運転はスムーズで、腹筋に力を入れる必要もなかった。

――運転がうまいことも、条件に入れておこう。

運転できなくても東京暮らしでは、困らない。

でも、運転が荒っぽい人は、ごめんだ。ハンドルを握ると人格が変わるなんて、もってのほか。運転する人なら、結婚する前に確認しておいた方がいいだろう。

「和食で良かったか」

「はい、ありがとうございます」

どうやら、夕食に連れていってくれるようだ。

どんな人に会わせてもらえるのだろう。昼間涼磨に声を掛けられてから、ずっと心が落ち着かない。

涼磨は、会長の孫であり、社長の長男だ。留学先でMBAを取得し、大手の総合商社に勤めた後、昨年からこの会社にやって来た。

どんなお坊ちゃまが来るのかと戦々恐々としていれば、やって来たのは予想外に、本気で仕事のできる商社マンだった。

洋食器の輸入商社である中小企業のこの会社では、とうてい採用できるレベルの人じゃない。入社早々副社長に就任しても、たいした文句も出なかった。
< 10 / 97 >

この作品をシェア

pagetop