誓約の成約要件は機密事項です
ちなみに千帆の外見は、身びいきで言って中の中だと思っている。家族とお世辞以外に褒められたことはないが、かといって暴言を受けたこともない。集団の中に埋没するような、目立たない、穏やかな人生を送っていることを、それなりに気に入っている。

連れて行かれた割烹料理店は、ビルの一室にあった。クリーム色ののれんにさり気なく、でも黒々と入った店名、隅々まで行き届いた店内が高級店であることを物語っている。

今まで来たことのないような店の佇まいに、緊張が募る。粗相がないよう、涼磨の後をおとなしくついて行く。

予約を入れてあったらしく、カウンターを通り過ぎて、奥の個室に案内された。

「飲み物は?」

「副社長は?」

「僕は、車だからお茶にするが、君は好きに頼むといい。酒は、飲めるはずだったな」

忘年会や新年会といった社内の大きな飲み会では、涼磨も同席していることがある。そのときに、見られていたのだろう。

「はい。でも、今日は遠慮しておきます。私もお茶で」

涼磨が飲まないのに自分だけ飲むのもためらわれるし、このあと来る人を前に酔ってしまうわけにはいかない。

「合わせる必要はない。メニューを見るといい」

――え。リンゴジュースが、1,200円もするの!?

地サイダーやカクテルなど、ノンアルコールドリンクもたくさんあったが、一番安いものにした。涼磨と同じ、ウーロン茶。それでも600円もする。

どんなジョッキで出てくるのかと思いきや、小さなグラス一杯だ。

こんな贅沢をしたがる人とは、気が合わないかもしれない。

金銭感覚の一致が重要と、頭の中のメモが増えていく。
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