誓約の成約要件は機密事項です

男性と付き合ったことさえない千帆は、それでなくても理想が高いと周囲に思われている節があった。自分では、そのつもりはないが、無自覚のうちにそうなっていては、これからの将来が危ぶまれる。

結婚したいが、できる気がしないという漠然とした不安を持っていた千帆の焦りは、本気に変わった。標準的な感覚を維持しているうちに、“普通の”素敵な人を見つけなければならない。

そう考えた末に始めた婚活が、こんなところに返ってくるとは――。

「失礼致します。向付でございます」

凍りついた空間にまるで気づかないような柔らかさで、女将が来た。

女将の滑らかな説明に従順に頷きながらも、実際は耳を通り過ぎていってしまう。

――女将さん、ごめんなさい。

心の中で謝りながらも、頭の中はとっちらかっている。女将が帰り際に閉めた障子の音で、やっと呼吸が再開できた気がした。

ばれないように細く深呼吸を繰り返しながら、息を落ち着けようとする。

今まで見たことがないほど色艶の良い刺身を見て、機械的に箸を取り上げた。ねっとりと甘い烏賊が舌に絡んで、ようやく感覚が戻ってくる。

「そういえば、条件を聞いていなかった。条件に当てはまるかも知らずに提案したのは、こちらのミスだ。条件を言いたまえ」

「条件……？」

「君は、結婚相手に何を望む？」